(3)
「どうして、いや」
泣きそうな顔で逃れようとするミシェルを、グリフィスはしっかりとつかんで離さなかった。
ミシェルの腰を両手でつかみ、より深く侵入する。
グリフィスがこの部屋に来たのは、全くの偶然だった。
明日、城を離れるというミシェルが、この部屋からきっと何かを持ち出しただろうと思ったのだ。
ごっそりと持って行かれた宝石やドレスを見て、溜飲を下げようと思ったのだが、グリフィスが見つけたのは、ベッドの上であどけなく眠るミシェルの姿だった。
寝ぼけているとわかっていても、誘ってくるミシェルに、グリフィスは逆らうことなど出来なかった。
夢の中でミシェルを抱いているのは、記憶を失う前の自分だということも、わかっていた。
それでも、ミシェルの素肌に触れ、その甘い体臭を感じたときには、もう何もかもどうでもよくなっていた。
この柔らかな体を征服すること以外、何も考えられなくなった。
「お願い。もう、もうやめてください」
口ではそう言いつつも、ミシェルはグリフィスから与えられる強い快感に翻弄され、瞳は潤み、頬は薔薇色に紅潮し、声もかすれている。
心はどうあれ、体はグリフィスに抱かれることに慣らされている。そんな感じだった。
やはり記憶を失う前、自分はミシェルを抱いていたのだと思い、自分でも愚かだとわかっていても、深い嫉妬を感じた。
その暗い感情をミシェルにぶつけるかのように、乱暴にミシェルを突き上げる。
「やめてほしいだって?」
せせら笑いながら、グリフィスはミシェルの膝の裏に手を入れると、勢いよく細い足を持ち上げた。
当然、より結合は深まり、グリフィスはミシェルの奥へと突き進む。
「ああっ!」
いきなりの強い快感に、ミシェルはたまらず声を上げる。
過去何度もグリフィスに抱かれ、愛される喜びを教え込まれたミシェルには、グリフィスが与えてくる快感に逆らうことなど出来るはずもなかった。
囁かれる言葉は、睦言に代わって罵倒になっていたが、その体温も体臭も声も、同じグリフィスなのだから。
「やめてほしくなどないくせに」
喉の奥で低く笑い、グリフィスはミシェルを突き上げるスピードを速める。
めちゃくちゃにしてやりたかった。
もう、誰に抱かれているかなんて、ミシェルが気にすることなど出来なくなるぐらいに。
「ああ…グリフィス……グリフィス」
うわごとのように、ミシェルがつぶやく。
グリフィスに与えられる強すぎる快感にあえぎ、ミシェルはもう半分意識を飛ばしてしまっていた。
シーツをつかんでいた指が、さまようように空を泳ぎ、グリフィスの肩に止まる。
そして、ようやく居場所を見つけたように、グリフィスの首に両腕をからませ、すがりついてきた。
「俺がグリフィスだ」
食いしばった歯の奥から、グリフィスはそうつぶやいた。
「俺以外の俺など、この世に存在しない」
今、ミシェルを抱いているのも、ミシェルを愛しているのも、自分だけだ。
「ミシェル」
ぴくりと腕の中のミシェルが震え、絶頂に達したことをグリフィスに伝えてきた。
きゅっと締め付けてくる甘い快感に逆らえず、グリフィスもすぐに達していた。
深い充足と快感。
そして胸が苦しくなるほどの一体感。
今まで、誰かと抱き合ったあと、こんな気持ちになったことなど一度だってなかった。
ため息をもらしながら体を上げると、瞳を伏せ、まだ荒い息をついているミシェルの薔薇色の顔が目に入った。
胸を突き上げる愛おしさのまま、グリフィスはミシェルを抱きしめ、深く唇を重ねていた。
柔らかな唇を舌で割り、ミシェルの舌を探り当てる。グリフィスは貪るようにミシェルとのキスを深めていった。
だが、ミシェルはグリフィスのキスに答えようとはしなかった。
ミシェルの涙が頬を伝い、グリフィスの唇に触れる。
一瞬にして、グリフィスは我に返り、ミシェルの唇から離れた。
「どうして……」
ミシェルは目を閉じたまま、ただ涙を流して泣いていた。
「どうしてこんな事を?」
グリフィスは答えずに、あっさりとミシェルから身を引いた。
そのままベッドから降りるグリフィスの態度は、まるで娼婦を相手にしているように素っ気なく、ミシェルを傷つけた。
「陛下。私を辱めるためだけに、こんな」
「お前が誘ったんだ」
ミシェルの言葉を遮るように、グリフィスはぴしゃりと言い放った。
驚いて目を見開き、ミシェルは何度も首を横に振っている。
「それに、楽しまなかったとは言わせない」
瞬間的に真っ赤になり、すぐに真っ青になり、ミシェルは黙ってうつむく。
図星だということだろう。
ミシェルは明らかに途中から、グリフィスに抱かれることを受け入れていた。
それが、今のグリフィスと記憶の中のグリフィスを混同させたのか、与えられる快感に我を忘れたからなのかわからないが。
グリフィスは低く喉の奥で笑う。
「心配しなくても、もう会わない。お前もその方がせいせいするだろう?」
身づくろいを済ませると、グリフィスはミシェルの姿を振り返らず、足早に部屋を出る。
閉ざした扉の向こうから、ミシェルの細い鳴き声が漏れ聞こえてきたが、足を止めることはなかった。
◆
翌朝、昨日からずっと降り続いている雨は、みぞれ交じの冷たい雨にかわっていた。
ミシェルは王城の裏門前に止められた馬車に荷物が詰め込まれるのを、黙って見つめていた。
馬車は四頭立ての立派なもので、サザーラント公爵が好意で用意してくれたものだ。
ミシェルは一度断ったのだが、強く勧めるユーシスに対抗する気力は、もうどこにも残っていなかった。
一睡も出来なかった。
あの後、すぐに東棟の自室に戻ったが、眠ることなど出来なかった。
『淫乱な女だ。この体なら中身は何でもいいというわけか』
グリフィスの軽蔑しきったこの言葉が、ずっと心の一番深いところに突き刺さって、いつまでも抜けない。
そんなことはないと、否定したい。
でも実際、自分はグリフィスに抱かれながら、恋人だったグリフィスに抱かれている錯覚に陥っていた。
恋人だったグリフィスに抱かれたときのように、感じていた。
グリフィスと同じ体温と体臭に包まれた途端、わけがわからなくなってしまったのだ。
記憶を失う前のグリフィスと、今のグリフィスは、とても同一人物とは思えない。
今のグリフィスを愛せるとは思えない。
そう思って、城を出る決心をしたというのに。
(これじゃ、陛下に淫乱だってせめられても文句言えないわね)
でももう、二度と同じ過ちは犯すまい。
(もう、忘れよう)
この王城での生活は、幻のようなものだったのだ。
実体のない、幻影のようなもの。
ただ単に、グリフィスの方が先にその夢から覚めただけのことなのかもしれない。
「支度は整いましたか?」
ぼんやりと立っているミシェルに、ユーシスが声をかけた。
「あ、はい。サザーラント公爵様。なにからなにまで、本当にありがとうございました」
「いいんですよ」
はっきりと一睡もしていないとわかる、ぼんやりとした顔のミシェルを見ながら、ユーシスが不思議そうに首をかしげる。
「何か?」
「いえ、今朝のグリフィスも、君と同じような表情だったので。寝不足?」
「は、はい、少し」
平然とミシェルを抱いたように見えたグリフィスにも、何か思うところがあったのだろうか。
だとしても、もう関係はないが。
「そうそう。何か思い出の品を持っていくといいと思って」
と、ユーシスはしっかりと梱包され、今まさに馬車に積載されようとしている荷物に視線を向けた。
「なんですか?」
「陛下が君のために描かせた絵画」
「え?」
「女官長が、その絵が一番のお気に入りだったと教えてくれてね」
「そんな、でも」
「陛下なら大丈夫。僕から一言、言っておいたから」
「困ります」
あの絵を見れば、グリフィスのことを思い出す。
描かれている森で出会ったこと、楽しかった生活のこと。そして、この絵が掛けられてあった王城での生活のことについても。
すべて忘れようとしているミシェルにとって、不要な品だった。
だが、ユーシスはにっこり微笑んで、ミシェルの抗議を受け入れない。
「ミシェル。僕は、陛下に君が必要だという考えを変えていません。ただ少し冷却期間を持ったほうがいいと思うだけですよ。この絵を手元に置いて、どうか陛下とのことを、冷静にゆっくりと考え直してみてください」
「………」
「冬の別荘は、とてもいい所です。もうすぐ、雪祭りなんかもありますしね。僕もその内に遊びに行きますよ」
ミシェルは口元に小さな微笑みを浮かべ、小さく頷く。
「その時にまた、たくさん話をしましょう」
「……はい」
ミシェルは一礼し、馬車に乗り込む。
「色々とよくしていただいて、ありがとうございました」
馬車の窓を開け、見送りに来てくれた女官長とユーシスに頭を下げる。
ユーシスはグリフィスとの復縁を願っているようだが、ミシェルにはそんな未来がくるとは思えない。
もう二度と会うことはないと思いつつ、二人に別れを告げた。
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