(2)


「今日は? 何も異常はなかった?」


 必ず、グリフィスはまずそう聞く。

 ただ、その問いに答えるのはミシェルではなく、エルの役目だった。


 時々、この部屋に強引に訪問しようとする人がいる。

 エルが対応して帰ってもらっているが、誰が来てどんなことを言ったのか、必ず報告するようにとグリフィスはエルに命じていた。

 その日も何人かいて、エルが難しい顔でグリフィスに報告している。

 ミシェルには聞こえないように話しているし、ミシェルも興味がなく、自分から知ろうとはしなかった。


 エルが退室すると、ようやく二人きりの時間になる。

 一緒に夕食を取ることが多かったが、その夜は別々にすませていた。


「何か飲む?」


 疲れた顔で肘掛け椅子に座り込んだグリフィスに、ミシェルはそっと声をかけた。


「いや。いいよ」


 答えて、グリフィスは腕を伸ばし、ミシェルの二の腕をつかむ。

 そのまま強く引き寄せられ、ミシェルはグリフィスの膝の上に抱きかかえられた。


「今日はとても疲れた」


 ミシェルの頭の上に顔を伏せ、グリフィスは長いため息をついた。

 抱きしめる腕に力がこもり、まるでミシェルにすがるように、グリフィスはミシェルをきつく抱きしめる。


「正式に婚約発表をしろとうるさい。国内だけではなく、対外的にもという意味だ」


 その言葉の意味することを理解し、ミシェルは恐ろしさに身震いした。

 国内の大貴族達の前に立つと思うだけでも足がすくむのに、外国の王族にも会わなければならないなんて。


「大丈夫だ」


 ミシェルの身震いを感じたのだろう、グリフィスは慌てたようにミシェルの顔をのぞき込み、微笑を見せてくれた。


「俺が君を必ず守るから。何も心配しないでくれ。ここに、俺の側にいてくれ」


 優しい、ついばむようなキスがいくつもふってくる。


「ええ。そばにいるわ」


 どうしてか、グリフィスは、ミシェルがいつか故郷に帰ってしまうのではないかと、本気で危惧しているようだった。

 グリフィスほどの人が、なぜそんなに心配するのかと不思議だ。

 ミシェルのほうこそ、いつグリフィスに捨てられるかと、恐ろしく思っているというのに。


 グリフィスという素敵な男性の妻でいるより、故郷の森はミシェルにとってずっと魅力的だと、グリフィスは思いこんでいる。

 そんなこと、あるはずがないのに。


「何があっても、グリフィスの側にいるから」


 望まれている限り、ずっと側にいたい。ミシェルはそう思っていた。


「ミミ、愛している。永遠にだ」

「私もよ、グリフィス」


 キスをされながら、軽々と抱き上げられる。

 ベッドに行きながら、グリフィスはもう慣れた仕草で燭台の明かりを落としていく。


 この部屋に入ってから、グリフィスに抱かれない日はなかった。

 昼夜問わず、グリフィスに求められて、ミシェルは日毎に愛される喜びを深く感じるようになっていた。


「ミミ……」


 優しいキスでミシェルの羞恥をなだめながら、グリフィスは手際よくミシェルの服をはぎ取っていく。

 ミシェルはただグリフィスにすがりついて、与えられる刺激と快感に、もう酔い始めていた。


 グリフィスの大きな手が大好きだった。

 大きな手がミシェルの胸をすっぽりと包み込み、最初は優しく、そして次第に激しく揉みしだかれる。

 愛おしくてたまらないという感じに、体中に触れ、強く強く抱きしめてくれる。

 それだけで、愛されていることを実感できた。


「ミシェル。眠っているのか?」


 いつの間にか、グリフィスはミシェルから離れ、ベッドの側に立ってミシェルを見下ろしていた。

 なぜか、驚いたような、奇妙な顔つきで、ミシェルを見下ろしている。

 ミシェルはとてももどかしくて、グリフィスに両腕を伸ばした。もっともっと愛してほしくて。


「いいえ。やめないで、グリフィス」


 グリフィスの手首を握ると、そっと引き寄せた。

 力を入れなくても、グリフィスはそれでミシェルの心を読みとってくれて、ベッドの上に、ミシェルの上に戻ってきてくれた。

 ぎゅっと抱きすくめ、首筋に熱い唇を押し当ててくれる。


「ミシェル……」


 すぐにグリフィスからも強く抱きしめられる。そして、乱暴なまでに激しく胸を愛撫された。

 あまりにも強烈な刺激に、ミシェルは思わず声を上げてグリフィスにすがりつく。

 グリフィスの熱い唇はミシェルの首から胸にキスの雨を降らし、下腹部へと下がっていった。


 今夜のグリフィスは、なぜかいつもよりずっと性急にミシェルを求めてくれる。

 乱暴でがむしゃらな感じで、まるで一番最初にミシェルを抱いたときのグリフィスのように、余裕がまるでないような感じで。


「グリフィスっ」


 あまりにも強すぎる愛撫に、ミシェルはとうとう我慢できなくて悲鳴のような声をあげてしまった。

 腕を伸ばして、ミシェルの両足の間に顔を埋めているグリフィスの髪の中に指を埋める。


「俺が欲しいのか?」


 なぜか笑っているような口調で、グリフィスにそう聞かれた。

 恥ずかしくて口に出しては答えられないかわりに、ミシェルは顔を上げたグリフィスの肩に必死で腕を回して抱きついた。


「淫乱な女だ。この体なら中身は何でもいいというわけか」

「……え?」


 夢の、はず。

 グリフィスとの甘い思い出に浸る、甘い甘い夢のはず。

 でも、グリフィスはミシェルを『淫乱な女』なんて罵倒するわけがない。

 そんなことを言って、ミシェルを傷つけるのは……。


 強い快感と浅い眠りのせいで、夢と現実を行き来していたミシェルの意識が、急速に現実へと戻ってくる。

 何度か瞬きした。

 すると、ミシェルにのしかかっているグリフィスが……現実のグリフィスが、見えた。


「陛下」


 呆然とつぶやいていた。

 抱きついていた腕の力が自然と抜け、ベッドの上に落ちる。

 だが、次の瞬間、ミシェルは激しく貫かれていた。

 軽蔑の表情を隠さず、ミシェルを見下ろしている、国王陛下に。


 

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