第五章 想いを伝えるのは簡単ではなく
(1)
ソフィアは、祖父であるロベール公爵に呼ばれ、渋々、祖父の部屋を訪ねていた。
頑固で公爵家第一の祖父には、肉親としての親しみを感じたことがない。
幼いときから、公爵家の令嬢として必要なことだと、厳しいしつけと教育を押し付けてきたのも祖父だ。
ちなみに、公爵の長男であるソフィアの父は、そんな祖父とは正反対のおっとりとした優しい人で、祖父からの過剰な干渉から出来る限りソフィアを自由にしてくれた。
ソフィアは父が大好きだったし、そんな父を軟弱者とあざける祖父は大嫌いだった。
だが、ロベール家の家長は祖父だ。
命令されれば、従わなければならない。
「最近、王都から離れて、遊んでいるそうではないか」
ソフィアの顔を見るなり、公爵は顔をしかめて説教しだした。
予想通りだったので、ソフィアはかしこまった素振りでじっと聞く、振りをする。
「わかっているのか。今はとても大切なときなのだぞ。出来る限り陛下のお側にいて、お慰めするのが、お前の役目であろう」
ため息をつきたいのを、ソフィアは我慢する。
祖父が自分を王妃にと望んでいるのは知っている。
グリフィスが突然婚約したとき、祖父は驚愕し、卒倒しそうになったぐらいだ。
そして、グリフィスが記憶を失って婚約が破棄された今、以前よりも力を入れて結婚話をすすめることはわかっていた。
だから、あえて王都を離れるようにしていたのだ。
「お言葉ですが、私は陛下の婚約者ではありません。それに、陛下が私の慰めを必要とされるとは思えませんわ」
ソフィアの返答に怒って、公爵ががみがみと説教を始める。
扇を広げて顔の半分を隠し、神妙に聞く振りをしながら、ソフィアはまったく別のことを考えていた。
グリフィスは、国王という立場もあるが、他人に弱みを見せるような男ではない。
特に、女性に対しては、心さえ開かない。
ソフィアの慰めなど、絶対に受け入れないだろう。
(それでも昔は、もっと大らかな人だったのに)
三年前、あの事件以来、グリフィスは、すっかり感じの悪い男になってしまった。
昔の彼は、ソフィアもそれなりに好意を持っていたのだ。勿論、ユーシス以上にではなかったが。
その変貌ぶりに心を痛め、何度となく元のような快活な青年に戻ってくれないかと、ソフィアなりに努力した。
だが、自分ではグリフィスにそこまでの影響力を持つことは出来ないのだと、思い知っただけだった。
王城を勝手に飛び出したグリフィスは、晴れやかな笑顔で、花嫁を連れて帰ってきた。
ソフィアはミシェルと話しをしたことはないが、周囲や祖父が言うように、彼女を財産目当ての田舎娘だとは思わなかった。
なぜなら、ソフィアには出来なかった、グリフィスを変えるという偉業をやってのけたのだから。
グリフィスはミシェルを得て、とても感じがよくなった。
時折、昔の彼のような笑顔を見せるようになって、あの事件での心の傷を癒せるのではないかと思えた。
それがとても嬉しかったから、グリフィスにとってミシェルは必要な存在だと思えたから、二人を祝福したかったのに。
加えて、グリフィスが結婚してしまえば、祖父からこんな風に説教されることもなくなると喜んでいたのに。
(残念だわ)
「聞いておるのか!」
ソフィアはゆっくりと扇を閉ざし、にっこりと微笑んだ。
「勿論ですわ、御爺様」
「いいか。陛下の誕生日パーティーには、必ず出席するのだぞ」
「勿論です」
「最高のドレスで着飾り、陛下にはプレゼントを用意するのだ」
ソフィアは眉をひそめた。
誕生日プレゼントには、ロベール家からたくさんのものが用意されているはずだ。
それなのに、わざわざソフィアにそれを言いつけるとは。
「まさか、私に陛下へ個人的なプレゼントをしろと、そうおっしゃるのですか」
「そうだ」
「それは……。私と陛下は、それほど個人的に親しい関係ではありません」
「そうなればいい。必ずなるのだ。物は用意する。それを、手作りだと言って陛下に渡すのだ」
祖父の話は滅茶苦茶だった。
ソフィアは意味がわからず、ただ顔をしかめる。
「あの娘が、陛下に手作りの物をプレゼントしようとしているのだ。まったく、身の程を知らない娘だ!」
なるほどと、ソフィアは再び扇を広げて口元を隠した。
祖父は元婚約者とソフィアを競わせようとしているらしい。
勿論、そんなことは丁重に辞退したい。
(頑張る気になってくれたのかしら)
ソフィアには、ミシェルがグリフィスを取り戻そうと、行動をしようとしているのが嬉しかった。
王宮の侍女経由で流れてくる噂を聞いていると、ミシェルという女性は、王城という場所と国王であるグリフィスに、かなり怯えているように思えた。
王妃になるなんてとんでもない、グリフィスがいなければすぐに帰りたいのにというような女性だから、グリフィスが記憶を失ったら、すぐに実家に帰ってしまうのではないかと、ソフィアは心配していたのだ。
ミシェルには、ぜひともここに踏みとどまり、グリフィスをもう一度変えてほしい。
そのためには、ミシェルのほうから行動しなければ絶対に駄目だ。
今のグリフィスに、王妃になろうという女性を信じる力など残っていない。
信じてもらうのを待つのではなく、信じさせてやらなければ。グリフィスもミシェルも、苦しむばかりだ。
ロベール公爵の孫娘である自分が、公爵の意向を無視して、ミシェルに救いの手をさし出すわけにはいかない。
だから、はがゆく思いながらも、何も出来なかったのだが。
(まあ、よかった)
「ソフィア!」
祖父の怒鳴り声に、ソフィアは慌ててほころんだ頬に力を入れた。
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