(2)
収穫祭当日。
今年も舞踏会は盛況だった。
例年と違っていたのは、グリフィスが一人で入場してきたときに、ひそやかな失望のため息がそこかしこから聞こえてきたことぐらいだろうか。
グリフィスが突然に婚約したことは、ほぼ国中に広がっていた。
王権の安定のために、国王グリフィスの結婚を多くの貴族たちは待ち望んでいたので、すぐに知れ渡った。
だからか、婚約破棄になったということは、そこまで素早く広がらなかったようだ。
王都にいる貴族はすでに婚約破棄を知っていたのだが、地方から出てきた貴族の多くは王都に来て初めて知ることになった。
収穫祭の舞踏会でお祝いできると、祝いの品を用意してはりきっていた地方貴族たちは、それはもう深く失望したのだ。
それでも、舞踏会は例年通りに盛り上がった。
一体どんな令嬢なら王妃になれるのかと、熱い議論もあったようだが、グリフィスの耳には入らないように細心の注意が払われた。
宴も終盤になり、無礼講の雰囲気が広がり始めた頃、グリフィスはバルコニーに息抜きに出た。
だがすでにバルコニーに先客がいたのに気が付く。すぐ戻ろうとしたのだが、その前に気づかれててしまった。
「あら、国王陛下。お久しぶりですこと」
「お久しぶりだ、ソフィア」
ロベール公爵の自慢の孫娘、ソフィアは礼儀正しくグリフィスに腰を折って挨拶した。
ソフィアと話をしていた男は、グリフィスの顔を見ると挨拶もそこそこに広間の中へと逃げ帰っていく。
「お邪魔だったかな」
「……陛下」
ソフィアは表情を改めると、手にしていた扇をぱちんと閉める。
「祖父が陛下に何を話しているのか知っているつもりですけれど、私は陛下との結婚など望んでおりませんから。そのおつもりで」
「この私とは結婚したくないとおっしゃる」
「当然ですわ」
ぴしゃりと言って、ソフィアはグリフィスに対しての嫌悪の表情を隠そうとはしない。
気の強そうな瞳で、全く臆することなくグリフィスを見上げてくる。
「陛下は女性を見下しているではないですか。結婚相手に望むのは、子供を産むことだけでしょう。私は、そんな安い女ではありません」
ソフィアの発言は、公爵令嬢としてもかなり無礼だった。
だが、グリフィスは怒る気になれず、ただ、口元に苦笑だけ浮かべさせた。
「殿方のお考えについて、あれこれ意見するつもりはありません。政略結婚とは、そのようなものだともわかっております。ですが、はっきり女を子を産むだけの道具と公言なさる陛下の態度はどうかと思いますわ。不快です」
「それこそ、あなたに意見される筋合いではないな。私の婚約者であるならばともかく」
「そう思われるのなら、私との婚約はどうあってもお断りされるといいですわ。私は婚約したら、もっと意見させていただきますから。ご自分の行動に意見する女はお嫌いでしょう?」
「そうしよう」
グリフィスは、さっぱりとしてはっきりと物を言うソフィアが、実は結構気に入っている。
お互い、子供の頃からのつきあいで、気心が知れているということもあるが。
「失礼します」
バルコニーの扉を開き、顔を見せたのは、ユーシスだった。
グリフィスには一礼を、そしてソフィアにはにっこりと微笑んでみせる。
ついさっきまで、はきはきと意見していたソフィアが、さっと頬を染めて恥らった。
扇を広げて顔を隠すソフィアに、グリフィスは小さく微笑む。
ソフィアは、昔からユーシスに恋しているのだ。
家同士が争っているので、結婚は勿論、仲良くすることも難しく、ソフィアがもどかしく思っていることも知っていた。
「やあ、ソフィア。久しぶりだね」
「ユーシス様」
ユーシスはソフィアの手を取ると、その甲にキスをする。
その態度は、礼儀正しく、特別な相手へのものではなかったが、ユーシスもかなりソフィアを思っているのではないかと、グリフィスは考えている。
ただ、その態度を表に出しても、二人が幸せな結婚を出来るわけもなく、ただソフィアを苦しめるだけだと、自制している。
ユーシスなら、そう考えて、決してソフィアに自分の気持ちを気取られるようなヘマはしないだろう。
「なあ、ユーシス」
「なんでしょう?」
「聡明で、夫の態度に筋の通った意見をする女性を、お前はどう思う?」
だが、ユーシスのあまりに完璧な態度が、少しばかり憎らしくて、グリフィスはそんなことを聞いてみた。
ソフィアが真っ赤になって、グリフィスを睨んでいる。
「勿論、好ましい女性だと思いますが」
「失礼しますわ」
居たたまれなくなったのだろう、ソフィアはユーシスの言葉をさえぎるようにして、この場を立ち去って行った。
広間へと戻っていくソフィアの後姿を見つめ、グリフィスに視線を戻したユーシスは、顔をしかめて眉を上げる。
「ソフィアをからかうのは、やめてください」
グリフィスはそっぽを向き、にやにやと笑う。
「そういう態度をとるなら、教えませんよ?」
「何のことだ」
「ミシェルのことです」
さっと表情を強張らせ、グリフィスはユーシスの方を向いた。
「それとも、あなたは知りたくもないのかな」
「ユーシス」
グリフィスは顔をしかめる。
知りたくはない。
少なくとも、自分から積極的に知ろうとは絶対にしたくない。
だが、目の前にミシェルの情報をぶら下げられて、無関心でいることは出来ないのだ。
そんな複雑なグリフィスの表情に、ユーシスはもったいぶるのをやめた。
「どうやら、欠席したようです」
「………」
驚いた顔で、グリフィスは沈黙した。
収穫祭の舞踏会の招待を断る者など、考えられない。
それほど名誉なことだし、この舞踏会は華やかで、他の舞踏会とは別格なのだ。
「喜んで出席すると思ったんですけどねぇ。ドレス姿の彼女を見たかったのに」
「……どうしてだ」
「欠席の理由ですか? 僕が知っているはずないでしょう。華やかな場所が苦手なのかな」
「馬鹿を言うな。王妃にもなろうとした女が」
そんなはずがない。
きっと大喜びで舞踏会に現れ、なんとかしてグリフィスに会おうとしてくるだろうと、そう思っていた。
そうなったら、身分をわきまえろと突っぱね、身の程をわからせてやり、恥をかかせてやるのもいいかと思っていたのだ。
「彼女が王妃になろうとしたのではなく、あなたが惚れ込んで王妃にしようとしたかもしれないじゃないですか。僕が見た限り、彼女は大人しい、地味で控えめな女性だと思いますけど」
「外見に騙されるな。女なんて生き物は」
「誰もが、姉のように強欲とは限りませんよ」
「!」
グリフィスはぎょっとした顔で、ユーシスを振り返った。
そのユーシスは、いつもの笑顔で、グリフィスの肩をぽんと叩くと、バルコニーから広間に戻っていった。
「………」
ユーシスの後姿を睨んでいたが、ユーシスは振り返らないまま、広間の人ごみの中に消えていった。
それを見送ってから、グリフィスは肩を落とす。
(どういうつもりだ)
舞踏会に招待させたことといい、今の言動といい、ユーシスはまるでミシェルとの仲を取り持とうとしているように思える。
グリフィスがなぜ王妃を選ぶことに慎重すぎるほど慎重なのか、ユーシスはよく知っている。
しかも、ミシェルと婚約中のグリフィスとは、ほとんど会っていないというのに。
記憶のない婚約中に、もっとユーシスと会い、話をしていればと思う。
ミシェルが何を話しても信用できないが、ユーシスなら話は別だ。
きっと、失われた時間の中で、自分がなにを思い考えたのか、わかっただろうに。
(もう、彼女のことは考えないほうがいい)
グリフィスは気持ちを切り替えると、広間の中に戻っていった。
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