報告

「というのが、初仕事の顛末です。」


わたし、迷宮研究家サリア・アキュロンは、またまたルーク次期公爵閣下によばれている。

相変わらず、人の良さそうな笑みを絶やさない少年は、今回は呆れた顔だった。


「・・・やっぱり呆れますか。」

わたしは言った。それはそうだろう。丁寧に、詳細に話せば話すほど、オルフェのやったことは魔物退治ではなくて、たんなる解体作業。

肉屋が、食べやすい素材をカットするかのような「作業」にしか聞こえないからだ。


「いや、呆れてるのはきみにだけど。」


ルークはわたしを指さした。

なにさ、若い娘の顔を指差すなんて、失礼な。


たしかに、目はかたっぽふさがったまま。わたしはいま、眼帯をつけている。これを機会に高性能な義眼をいれようと思っている。

気温や魔素濃度なんかも「見る」ことのできる超最新式のやつだ。

だから、別に気にすることはないのだ。

怪我なんて冒険者にはつきものなんだから。


確かに、顔の腫れはまだひかない。だが、こっちは時間がたてば治るそうだ。

そうそう、外見的にはちょっと気になってるのは、左の額の上あたり。ごっそりと髪が抜け落ちてしまっている。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。

左右がアンバランスでは、できる髪型も限られるだろう。


よしっ!これを機会にスキンヘッドに。


「サリア・アキュロン」


ルークの細い指がわたしの頭をつかんだ。

やめろ、こら。


「無茶をするんじゃない。」


「・・・もともとが無茶なんですよ。」


わたしは、つぶやいた。

いままで大きな怪我はなく、冒険者人生を歩んできたわたしだが、少なくともこれからも付き合わないといけないような跡に残る怪我ははじめてだ。

それはショックではある。

特に外見的にあとが残ることは。


「治療費は出すから、もう一度カレッジの形成治癒師に診てもらうんだ。目は再生術をうけること!

いいね。」


「そのお金で、マグルドルネの魔術書を買ってもいいですか?」


「却下だ。迷宮研究家。」


そう言って、ルークはため息をついた。


「まずは、ゆっくり治療と静養だ。」

「でも、冒険者は食べていかないと!」


わたしは抗議した。

マザー。あの変異種の大蜘蛛は、いまもなお、冒険者たちが取り付いて解体と運び出しの真っ最中だった。

わたしの負傷さえなければ!

もっともっとたくさんの素材を私たちが、持ち帰ることができたのに!


たしかに確実に持ち帰れた素材だけでもしばらくは十分食べていける。

使い切ったバカ高い装備の補充もできる。

あと、高性能の義眼にカツラ。

だが、そのあたりで資金はつきそうだった。


「レティシアからの依頼で、ぼくの名前でギルドに厳命してある。あの大蜘蛛の死体は切り取り自由!

ただし、倒した冒険者バーティに売上の3割を支払うこと!」


「そんな、条件誰が従うんですか!?」


「誰でも従うぞ。既に、倒した怪物を切り刻んでギルドに持ち込むだけで、金が手に入るんだ。

これが、一切手を触れるな、なら破るやつもいるだろうが、少々の手数料で安全にまとまった金になる。喜んでやるにきまっているさ。」


よかった。なら、少なくともカツラの種類は選べそうだ。あと、義眼はアラーム機能も付けてもらおう。


妄想にふけるわたしを、ルーク殿は可哀想なやつを見る目でみやった。


「傷が治ったら、B級に昇格させる。例の魔族の件は改めて依頼をしよう。それまで体を治すんだ。顔だってちゃんと元通りになるから。」



魔族の件って。

それは今回よりもやばいことになるのに決まってるじゃないですか?


わたしは喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。




バロンヌ伯爵レティシアとの、待ち合わせは、目抜き通りにある超一流のレストランだった。

いかにも冒険者といった出で立ちで、フードをかぶり眼帯をかけてうつむき加減であるく、わたしはさぞ場違いだったろう。

私が、名前を告げると、係員はおおっと驚いたように、しかし丁重にわたしを個室に案内してくれた。

レティシアはまだ来ていない。

すぐに、頼みもしない食前酒と軽食が運ばれてきた

たぶん、1杯で庶民がひと月食えるやつだ。


恐る恐る尋ねるとコース料金に入っているという。

コースがいくらなのか、想像したくもなくなったが、レティシアが来ないのがどうにも落ち着かない。もし彼女がなにかの用事で来なかったら、わたしは自動的に無銭飲食になってしまう。


もちろん、そんな心配は杞憂で、レティシアは高価な刺繍をふんだんに使った真新しい衣装でさっそうと登場した。

無銭飲食の不安が安堵にかわってせいか、レティシアはいつもより凛々しくみえた。


「なにかな?」

いつも以上にじろじろ見つめたせいか、レティシアは頬を赤らめた。

「いや、かっこいいぞ、レティシア。」


レティシアは、感極まってわたしを抱きしめた。


「かわいいっ! サリア!」


こら、どこを触っている。個室を取ったのはそういう意味か。

わたしは病み上がりでへろへろだったし、給仕が入ってこなければ危なかったかもしれない。


やっと落ち着いてくれたレティシアとわたしは乾杯をし、レティシアから今回の収支についての報告を受けることになった。

「いやあ、儲かった儲かった。」

いままで、見た事のないほくほく顔で、レティシアは皮袋を取り出した。

「この服と、ここの払いは経費で落とすぞ。」


い、いやそれは!

どうせ、オーダーの服だろし、ここは都内でも有数の名店で。


どん、とおかれた皮袋は思ったより小さい。


まさか、中身は銅貨じゃないだろうな。それだったらここの支払いだけで終わってしまう。

いや、銀貨だろう。

そのくらいの価値はあるはずだ。

それだけの獲物だったし、戦いだった。


レティシアが袋の口をあけた。

中身を、見せる。


金貨だっ!

正直こんな大量の金貨は見たことがない。

食事や日常の買い物には銅貨で充分。

もっと値の張るものだと、サリア位だと、同等の何か、知恵とか腕とかで相殺してもらう。

そこの差額で何枚かの銀貨がやり取りされるくらい。

金貨など出されても、街中の普通の店では、釣り銭に困るだろう。


普通の職人、商人では何年もまず取引に登場することのない。それが金貨。


わたしは、けっして守銭奴ではない。

それでも袋に手を入れて、冷たく重い、金貨の感触を楽しんだ。


「おまえもそういう顔をするのか?」

レティシアがからかった。


「こちらは貴族さまじゃない。こんな大量の金貨なんか初めてお目にかかるんだ。」


ちょっとムキになっていたかもしれない。

レティシアは、ちょっとびっくりしたように言った。


「それ、金貨じゃないぞ。」


わたしは慌てて、硬貨を手に取った。

わたしの知ってる金貨より一回り大きい貨幣に掘られているのは、当代の王でもない。賢王と名高った先代の王でもない。

国を建てた初代の大王のレリーフ。


「白金貨だぞ、それ。」


わたしの目の前にテーブルが急接近した。

目眩を起こしたのだ。


は、白金貨。ハクキンカがこんなに。

義眼をいくついれよう、ななつ?やっつ?

いやそれよりも引退だ。ラボを建てて一日中研究三昧にすごすのだ。


鼻が潰れるような、衝撃。

前菜が飛び散り、グラスが割れる。


レティシアの声を遠くに聞きながら、わたしは意識を手放した。

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