収穫祭

レティシアの選んだ魔法は「拘束」ではない。

マザーほどの巨体にそれは無理だっただろう。


何人もの術者が共同で、魔法をかければともかく、ここには魔法使いと言えるほどの術者は彼女しかいなかった。

ドルモはすでに、二回目の極大魔法を使用した反動で、立っているのもやっとだ。

リティシアにしてみれば、とっとと、ルーモに替わって、サリアの治療にあたってほしいのだが、そこまで頭もまわらないほどの状態なのだろう。


マザーはジャンプして、天井に背中をぶつけて、彼女の頭の上で面白くない作業に熱中しているオルフェを押しつぶすつもりだった。


オルフェが天井のシミになることについては、レティシアは大賛成だった。

むしろ、お手伝いしたいくらいであったが、その前にもっともっと、金になる素材をマザーの体から取り出してからにしてほしかった。


レティシアが選んだ魔法は、土魔法。

彼女の呼んだ冷気に凍りついた地面をぐずぐずの泥濘にかえること。


マザーの脚が、彼女の作り出した沼に沈んでいく。


これで、足場は失った。もはやマザーはジャンプができない。自由に前進も後退もできない。

身体を震わせなんとか、へばりついたオルフェという名の害虫を、駆除しようとするがかなわなかった。


そして。

オルフェの剣の動きが速さをました。


なんなのだ。あの動きは。

およそ剣術のそれではない。


斬りつけるのではなく、そぎ取る。少々固くてもまわりのやわらない部分からえぐって、繊維に沿って剣、じゃなくて包丁をいれれば一見歯が立たない固い部位にもすっと刃が通るものです。


それは剣の師匠、ではなくてお料理学校の講師の声で、レティシアの心の中で再生された。


そうこれは。

道場。


ではなくて、料理の実習での習ったこと。


もともと、伯爵さまなので、じぶんで料理なんてしなくてもいいのだが、「惚れた女の胃袋をつかめ!」というキャッチコピーにひかれて体験入学した料理学校で学んだことだ。


どさ。


一抱えほどもある袋状の物体は、貴重な香料のとれる分泌器官。


ぐちゃり。


これは魔術の触媒として高値のつく腺。


続いて、外殻のかけらが飛んできた。これはこれで、間違いなく、武具の素材としてよい値になるだろう。硬度は十分だし、軽いし。


しかし。


「おーい、元勇者。外殻はいい。どうせ運びきれない。もっと中身の白金貨ザクザクの素材を掘り出してくれ。」


半ばまで、傷口に体をつっこんだオルフェが手を降って答えた。


さらに、高値のつく内分泌器官が。

次々と放り出される。

なにしろ「生きたまま」取り出しているので鮮度は抜群だ。

レティシアは、鮮度重視のものには氷で包み、そうでないものは、交代したモールとともに、粘液塗れになってそのこん包にあたった。


名門貴族の一員である当主でもあるレティシアが、目の色をかえてその作業をやっている。

それだけで、この怪物がどんな宝の山か分かるというものだろう。


マザーの体を断末魔の痙攣が襲った。

おそらく、オルフェの「解体作業」がその生命の中枢に達したのだ。


「おーい、レティシア! こいつは冷凍してくれ。」


投げつけられたどくどくとうごめく器官それはおそらくこの状態で回収されたことのない魔物の・・・・


「投げつけるな!」


とほうもなく貴重なその物体にむけて、重傷のサリアがダイブした。

地面に落ちる前にかろうじて受け止める。


「こ、これは・・・・」


ズタボロになった顔。腫れ上がった口唇からよだれがたれた。


「わ、わたしの研究材料・・・・」


うん。普通ではないな。こいつらは。


レティシアはどこか達観したように、それを見つめた。


この変人どもにはわたしがついていてやらねば、ダメだろう。


また執事のお小言が待っていそうではあったが、一切合切、我が伯爵家が面倒をみよう。

なにしろ、これだけの素材なので、白金貨ざくざくだし。

うるさい親類縁者も黙るだろう。


気に入らない縁談もしばらくは、断れそうだった。

少なくともこの時点では、バロンヌ伯爵レティシアの脳裏には薔薇色の未来しかない。

傍らには、愛するサリアとかわいいモールがいるのだ。


そうだ。むさ苦しい元勇者どのは、ここで捨てていこう。どうせ奴が前にルーク様にやったことだし。



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