一点突破
モールと交代で呼び出されたドルモの顔色は、青を通り越して土の色になっていた。
いいか、まだ戦いはこれからが本番だ。
リーダーたる「迷宮研究家」サリア・アキュロンは極めて淡々と、そう述べた。
サリアのことは信頼でしている。こ
れは、ドルモだけではない。斥候のモール、剣士のルモウド、僧侶のルーモ。
存在を同じくする元「蛙が冠を被るとき」の全員が同じ意見だ。
だが。
「あの巨体には、貫通ダメージでは無理です。
たしかにダメージは通るが、それだけだ。
行動を止めることはできない。」
ドルモは、抗議した。
「雷撃魔法を提案します。わたしが雷を降らせれば、足止めくらいはできる。その間に脱出しましょう。確実で安全で隙のない戦術です。」
「だが、倒せない。この階層にいるほかの冒険者たちに甚大な被害がでる。」
サリアの意見は、その通りなのだ。
だが、そういう彼女は。
美人とはいえないかもしれないが、それなりに整った顔立ちの彼女の顔は、酷く焼けただれていた。
目はかろうじて見えているようだが、痛みもひどいだろう。
いや、今、この瞬間にもその傷の原因となった毒液は、サリアの身体を侵し続けている。
髪がばさり、と抜け落ちた。
そこの皮膚が湯気をたてながら、青黒く変わっていく。
レティシアが治癒魔法をかけようとするのを、サリアは止めた。
「魔力は、もう少しとっておいて。
オルフェが、相手に取り付くときの陽動に使えるかもしれない。」
「リーダー。とにかくあなたの手当が先です。」
ドルモは声を振り絞った。
「蜘蛛は改めて倒すことはできます。あなた失ってしまったらすべてが終わりです。」
「蜘蛛型の魔物の繁殖力は高い。」
サリアは冷静に言った。
「いま、わたしたちは、いくつかの偶然で、子蜘蛛を一掃することに成功している。
蜘蛛どもは冷気に魔法に耐性が低かった。それ以外のものは雷系の魔法に弱かった。
どちらも広域の敵を攻撃しやすい魔法だった。
だが、もうあの・・・・」
ゆっくりと接近してくる巨体をなんと呼べばいいのか。サリアは少し考えた。
「マザーは学習した。
次に眷属をつくるときは、それぞれの魔法耐性を上げてくるだろう。ここをのがしたらチャンスはない。
いいか。もう一度言う。
ドルモ・・・最大の火力でやつの頭に穴を穿て。」
「相談は終わったかい?」
オルフェは、ぐるぐると二本の剣を回しながら言った。
信じられないことに、彼は、この会話に明らかに退屈していた。
「ちゃっちゃっと行ってくるわ。
ドルモだっけ? おまえは魔法をぶっぱなしたら、回れ右して逃げていいぞ。」
「オルフェ。おまえはどうするんだ?」
「大型の魔物を相手に試してみたいことがあるんだって。おれはそう言ったよな・・・あれ? 言わなかったか。
まあ、どっちでもいいや。」
「反省したのかと思っていたが、きさまは全く変わっていないな。」
レティシアがオルフェを睨んだ。
「マイペースで、全然、説明という物を軽視している。」
「そこらへんは俺の欠点じゃなくて、『個性』ってことで勘弁してくれ。じゃあ、いくぜ。」
それから、苦痛のため荒い息をするサリアの、腫れ上がった顔を覗き込んだ。
「勘弁しろや。もうちっとの辛抱だせ。」
雄叫びをあげて、オルフェは走り出した。
まるで。
サリアは、思った。
まるで、勇者みたいじゃないか。
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