襲来

目を閉じる。


すなわち、モールの姿を視界から消せば、モールは誰かと交替できる。これで、交替が出来なければすでに、わたしたちは、蜘蛛に見張られている、ということになるから、煙幕をはるか、閃光で目潰しをかけるかしなければならないのだが、大丈夫だったようだ。


目をあけたとき、そこにいたのは長身美形の剣士の姿。モールと「存在」を同一にする剣士ルモウドであった。



ルモウドは、以前あったような軽口は叩かず、じっと目をつぶって、ぶつぶつとなにやらつぶやいていた。自分の中と会話をしているようであったし、実際そうだった。


「サリアさん、モールに負担をかけすぎだ。」

非難するように彼は言った。

「ルーモが言っていた。もう少しで危ないところだった、と。」


「すまない。」

わたしは素直に頭をさげた。

「モールは解毒の魔法やポーションは持ち歩かないのか?」


「いままでは、好きなときに戻れたからな。戻れさえすればどんな魔法や薬より、ルーモの祝福が効く。」



「で、どうするんだ。」

リテイシアが面白そうに言った。

「わたしはこの首をもって、いったんギルドに帰るのがおすすめだな。さっき、偽勇者が言っていたように、ジャイアントスパイダーを倒してといって報告すれば報奨金がもらえるかもしれない。」



「これは、もともといたジャイアントスパイダーが産んだ蜘蛛どもの一匹だ。」


わたしは言った。


「巣の中にはこれが何百匹もいる。12層では、半月ほどまえから、行方不明の冒険者が増えている。そのうち何人かは確実にこいつらの餌になっている。」


「餌はそんなもんじゃあ、足りないだろ?」

オルフェが言った。

「こいつら一匹で、毎日人間ひとりくらいたいらげそうだぜ?」


「それなら、簡単な解決がある。」

わたしは言った。

「こいつらの種族は共食いができるんだ。」


うげっと言って元勇者は黙ってしまった。

討伐を続行するか。それともギルドへの報告を先にするか。

その判断は、リーダーであるわたしがするしかない。


正直に言う。

責任感の重圧で胃が重くなってくる。どう考えたって、わたしは学者だ。リーダーじゃない。

ついには寒さまで感じ始めた。まわりの大気が凍りつくような。

手足の先が冷たくなる。

自分の息が白くなってるのを見て、やっとこれが、心理的なものでないのに気がついた。



リティシア。見かけだけは気高く貴公子然とした彼女は、胸の前に捧げるように両手を広げている。

その中に蒼く光が明滅している。その中から、光とともに冷気が染み出している。


わたしたちに、ではなく。迷宮の奥。白骨宮殿にむかって流れていく。その僅かな余波でさえわたしを凍らせる。

空間にキラキラとひかるラインが見えた。

凍りついた蜘蛛の糸だった。あらためて気がつくとここでもかなりの密度だ。


気がついたときには自由を奪われていても不思議はない。


「なにをしてる。」


「迎撃だろう。」

答えたのは、オルフェで、リティシアに睨まれた。


「だって、こちらから仕掛て、一匹討ち取ってるんだぜ。こんどは向こうから仕掛てくる。」


舌打ちしながらも、リティシアは頷いた。


「ここまで気温を下げてやれば、糸が凍りつく。弾性も粘着率もなくなるし、そもそも糸をつたって移動もできるなくなる。おそらくだが、動きも鈍くなるはずだ・・・・」


ルモウドは、なんの気負いもなく、一歩を踏み出した。踏み出しながら腰の剣をぬいて、振る。

裂帛の気合もない。吹く風に、小鳥の声を感じたような駘蕩たる表情。


黒い塊は、その脇を駆け抜けて、地面に突っ込んで止まった。

さきほど、モールが仕留めたものよりは小型だが、それでも大型犬ほどはある。

蜘蛛だった。


頭部が斜めに切断されたそれはすでに絶命していたが、ぴくぴくと身体を震わせていた。


「動きが鈍る方はあまり期待はできないようだ。」


ウォルトは剣を抜いた。あのなんの変哲もない長剣と。もう一本は分厚い金属でできた見たこともない剣。片刃のそれは反りもなく、ひたすた頑丈そうで剣というよりは、包丁を巨大にしたもののように見えた。


次の蜘蛛が飛び出してきた。

リティシアが出ようとするのを、制してウォルトは前にでる。蜘蛛が噛みつこうとしたその顎を長剣が刺し貫いた。

どん。

そこにもう一本の剣を振り降ろす。見かけどおりに、切れ味はそれほどではない。これでは致命傷にはならない。

だが、オルフェはそれはわかっているとでも言うように、無造作に剣を持ち上げふりおろす。

ガツン。

ようやく、蜘蛛の身体から体液が噴出するが、それでもまだまだ、致命の傷にはとおい。

あばれる蜘蛛を、刺し貫いた長剣の角度でコントロールしながら。


叩く。

叩く。

叩く。

叩き切る。


ようやく、蜘蛛の頭部が、胴体から離れ、オルフェは、不満げに剣を抜いた。


「なに? それが、あなたの今のやり方なの? ずいぶんと野蛮で垢抜けないんだけど?」


リティシアがあざ笑うように言った。


「ふむ・・・だいたいこんなもんだろうな。」

オルフェはつぶやいた。


「ふたりとも!」

ルモウドが注意した。

「次が来るぞ!」


リティシアの手のひらの浮かぶ冷気を生み出す球体が、大きくなった。

生み出されるのは、吹雪と烈風。殺到した蜘蛛の数匹が吹っ飛び、何匹かが床にそのまま凍りつき、それを逃れた2匹を、ルモウドとオルフェが始末した。


「数が多い。ドルモの魔法を打ち込む。合図をしたら目をつぶって・・・ドルモに替わってくれ。


いいか・・・3・・・2・・・・1! いまだ!」


わたしが投擲したフラスコが空中で爆発し、閃光を放った。蜘蛛どもの視界もつぶせただろう。

目をあけたとき、目の前には伊達男の姿はなく、妖艶さただよう女魔法使いがいた。


すでに『詠唱』は終えてきたのか、掲げた手の中にすでに青白い焔の固まりが脈動していた。


「イフリートに背きしバーシガル。剣となり、矢となり、槍となり、槌となって怨敵を打ち据え給え!」


 

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