変貌せし白骨宮殿

白骨宮殿までは、まだ距離がある。

うっかりそちら方面に迷い込まないための、立て札であり、鎖だった。


もう糸が張られている。

そう、最初に気がついたのはモールだった。


何も見えない空中で、彼女はぐるぐると手を回した。

何をしているのかと、一同が覗き込むと、手に僅かに半透明の糸が付着していた。

今、いく本もまとめて絡めたから、そう分かるだけで、一本一本はとても視認できるものではない。


目に見えない。体にへばりついてもそれ程違和感のない細い細い糸は、気がついたときには、四肢の自由を奪うほどになっている。

そういう、巧妙さをもって張り巡らされた細かい糸に、気がついたのは、白骨宮殿よりかなり手前であった。


「まず、わたしが行って様子を見てきます。」

と、モールが言った。


それは、斥候の役目でもあるのだが、リティシアが反対した。

蜘蛛の糸は、相手を絡めとるだけが、目的ではない。糸に触れたものの接近を察知する役目もある。

すでに、彼らのパーティの侵入は、察知された可能性が高かった。


それも「あり」ではあった。

彼らは、まだコンビネーションに確立できていない新米パーティであり、蜘蛛の勢力範囲が、実は白骨宮殿を超えて侵食していることが発見できただけでも、それはそれで一つの成果として、ギルドに報告を優先すべき事項である。



モールとリティシアの目が、同時に、わたしを見た。

これもリーダーの役目なのだろうが、わたし、サリア・アキュロンは迷宮研究家だ。はいままでそんなことはしたことはない。


「あ、ええっと・・・どうしようかな。みんなの意見は・・・」


「わたしが先行します。」とモール。

「危ないから引き返そう。ギルトへの報告が先だ。」とレティシアが言う。

「俺はどっちでもいいぞ。」だったら口を開くな、オルフェ。


わたしは困って、モールを振り向いた。


「頼む。もう少し奥の様子が知りたい。その、できるだけ、危険のない方法で。」

「もちろんです!」


明るく答えて、モールは、通路の奥へと侵入していった。軽快な足取りではあるがそれだけに、装備は軽い。

足などはすね当てだけで、太もものかなりのところまで、肌をさらしていた。


「あれでいいのか、わたしは間違っていは」

わたしは思わず、口に出していた。

「間違ってると思うぞ。」

意見を聞き入れてもらえなかったレディシアから睨まれた。

「俺はどっちかわからん。」

元勇者はのほほんと、通路の奥に目をやっていた。


そのまま、半時間ほども過ぎただろうか。


斥候にでたモールは、息も絶え絶えに戻ってきた。

着ているものは、ボロボロ。露出した皮膚はなんともおぞましいミミズ脹れに覆われている。

熱もあるのか、焦点の合わない目をして、座り込む。と同時に、巨大な蜘蛛の頭部をユカに投げ出した。



「治療を・・・」


リティシアが頷いて治癒魔法を使おうとするのをモールが、とめた。


「ルモウドかドルモと交替させてください。治療は『中』でします。それよりも報告を。」


そう言った舌ももつれていた。

なんらかの毒に冒されていることは、間違いなかった。


「白骨宮殿の手前、王の戴冠通りまで行くと、もう巣で真っ白です。視界が確保出来ません。

切り払おうとしたとたんに、蜘蛛に襲われました。」


床においた蜘蛛の頭は、牛の頭部ほどの大きかがある。つまり蜘蛛は、牛なみの大きさがあるのだろう。


「で、それを、倒したんだな?

よくやった。これで任務達成ってわけだ。」


オルフェは、もちろん冗談でそう言っている。


「あの、白骨宮殿のなかに、このクラスの蜘蛛が何匹、何百匹いるのか、」


モールの息が荒くなってきた。喉が苦しそうにひゅうひゅうとなった。


「できれば引き換えして現状を報告し・・・・」


「全員、目を閉じて。」

わたしは命じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る