ルークという男

以上が今回の顛末です。

わたしはそこで言葉を切った。


相手の顔を死ぬほど見つめる。

オルフェと同い歳のはずだが、はるかにわかく見える。

髭もなく、女の子の自分がうらやむような滑らかな肌。いや、少しだけ化粧をのせれば絶世の美女の美少女として、通じるだろう。


次期パレス公爵。もっとも父王に愛されていると噂の第三王女ルーシェ姫の婚約者。

王国の危機を救った英雄。


ルークの表情は読めない。

いつでも親切そうな笑みを絶やさず、実際にボランティアに近いような活動もしている。

だがそこに怖いものがある。

そう、口にする者もいる。


そもそも、なぜ、偽勇者オルフェを処刑させないのだっ!

そもそも、やつは不当にもルーク様のお命を亡き者にしようとした張本人・・・


ああ、そうなのだ。

自分の命を取ろうとしたオルフェを、ルークがあの程度の罰で許してしまったから、本当になら「それ」抜きでももっと重い罰を課せられて当然のオルフェが降格だけで済んでしまったのだ。


別に、わたし、迷宮研究家サリア・アキュロンは、ルークを邪悪な存在とは思わない。

それどころか、単純に、こんな良い奴はいない、くらいに思っているのだが、それでもはっきり言える。

ルークはなにか企んでいる。

それは、たぶん善意にあふれたもので、多くの人間にとって喜ばしい結果をもたらし、流される血は最小限ですむのだろう。

だが、その「企み」の中心にいるものは。


「死ぬ」とは言いきれない。

ルークの善意はそこまで及ぶのだ。


だが死ぬような目に会う可能性は極めて高く、運悪く死んじゃう可能性、これはゼロではない。

だから。


「パーティの名前は決まったの?」


ルークはそんなことを、聞いてくる。

こどものように目が輝いている。


「『 愚者たちは踊る』」


おおっ!

よいパーティ名だね!


お祝いのつもりか、黄金色の発砲ワインをどばどばとついでくれた。


「では、愚か者に乾杯っ!」


ああ。

わたしが、オルフェから呼び出しを受けたことを報告したときには、すでにこの展開を想定していたのだろうか。この可愛らしい顔をした悪魔は。


「で、さっそくなんだけど、『 愚者たちは踊る 』に依頼したい件があるんだよ。」


「わたしたちはまだ、コンビネーションの訓練中です。」


「次期パレス公爵の依頼を一言で断るか・・・」


「お姫さまと結婚してパレス公爵になってからいってくださいね。」


次期でもけっこう偉くないのか?ぼく。と、ルークはブツブツと独り言をいいながら、豆を摘んでいる。

荒地でもよく育つルーク豆と呼ばれる緑の豆だ。手間もかからず、収穫も早いので、別名開拓者のパン、と言われている。

塩ゆですると美味いが、そもそも開拓者が充分は湯を沸かしたり、塩があったりするのはかなり恵まれたごく1部だとわたしは思う。


「まあ、どっちにしてもC級のままでは、受けられない依頼だ。早いところB級にあがってくれ。」


「ということは、魔族絡みの依頼ですね?」


アタマのいい子は好きさ。

と唄うように抑揚をつけて、ルークはつぶやいた。


「内容を伺っておいていいですか?」


「あとの楽しみに、とっておこう。きみたちがB級に上がれないと立ち消えになる話しだからね。


オルフェはどうしている?」


「いまのところは、全部彼の持ち出しです。」


私は、正直ありがたかった。

紫檀草は採取できたが、用意した薬品や投擲のためのフラスコはほぼ全滅。

蛙たちへの支払いもあって大幅の赤字となる。

これで、コンビネーションの訓練の期間、ろくに依頼を受けられないとなれば、借金も覚悟しなければならなかった。


オルフェは、パーティ結成祝いの支度金、との名目で当座の生活費くらいにはなる金を渡してくれたのだ。


「調べてみたら、しっかり貯金してただけでした。呆れるほどに堅実で隙のない仕事ぶりです。」


「主になにを、してるんだ?

迷宮は独りじゃ無理だろ。」


「用心棒や行商人の護衛が主ですが、最近は魔獣の肉を市場に降ろしているようです。」


うげっ

と言ってルークは顔をしかめた。


「このところ晩餐会のたびに魔獣肉がよくでると思ってたら、我が親友が一役かっていたのか?」


「ありえますね。彼の剣は魔獣に苦痛を与えずに絶命されせるので、高値がつくようです。」


「違うんだなーー」

ルークは頭を抱えた。

「そりゃうまく殺してうまく処理すればなんとか食えるってだけで、普通に家畜の肉のほうがはるかに美味しいのに。」


わたしは、表情にこそ出さなかったが、ルークの言葉を心の中で反芻していた。


親友。親友。

我が親友!!

殺されかけた相手を。自分を裏切って迷宮に置き去りにした相手を。



「では、引き続き報告を頼むね、サリア。」

ルークは金貨を1枚おいて立ち上がった。


「あ、あの、ルーク!」


「なんだい、迷宮研究家。」


「オルフェはあなたにとって」


ルークは珍しく困ったような顔で笑った。


「サリア・アキュロン、ぼくはあなたに迷宮研究家として期待してるわけでべつに人生相談の相手としては」


余計なことを喋りすぎた、という表情を浮かべて次期公爵さまは去っていった。

残されたわたしはなおも考える。

金貨は充分、お釣りがくる価値があったので追加でお酒をオーダーして考え続けた。



オルフェとルーク、そしてたぶんルーシェとの間にいったいなにがあるのだろう?



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