第三部 元勇者の苦悩

フィギュアを売る元勇者

西門市場の肉屋のせがれ、D級冒険者のジャグは、今日も街中をぶらついていた。

長剣はガチャガチャと腰で音をたてている。


人通りの多い市場街で、こんな形で見せびらかすような武装をしているのは、たちの悪い冒険者だけだから、まわりのものはかかわり合いにならぬように顔を背ける。


それをおっと俺ってちょっと怖がられてんじゃん、俺様ってカッコいいんでない?と思ってしまうのが、ジャグの決定的に馬鹿なところである。

(同様なバカはこのクラスの冒険者にはけっこう多い。)


ジャグは、肩で風を切っている。いく場所もなければ、懐も寂しいがイキはいい。


「おおい! 肉屋の子せがれ!」


んな、呼び方する舐めた野郎はブッコロ!


・・・・


いやもちろん、オルフェの兄貴を除いてだが。


「どうも、兄さん、しばらくぶりです。

ここんとこは居酒屋にもご無沙汰っすか?」


おう、座れ座れとオルフェは言うのであるが、座るも何もそこはただの道ばたである。

しかも、このオトコはなにをとち狂ったのか、可愛らしいフィギュアを地面にひいた布の上に飾っていた。


「なんすか、これ。

まるでマスコット人形を売ってるみたいですぜ。」

「当たり前だ。その通りだからな。」


「どこから仕入れたんですか、こんなもの。」


一応は置物、なのだろうか。

割と単純にキャラクター化した動物のものから、女剣士、杖を構えた女魔導師などリアルで精巧なものまである。


いずれも削りだしてつくったようではあるが、素材も木や金属、骨など様々だった。


「聞いて驚け!


俺が作った。」


はあ?


「いや、その、出来が悪いってわけじゃないのですが」


別のことに精をだしてほうが絶対金になりますぜ。

ジャグは真剣にそう言った。

この手のアイテムは、よほどの名工の手にかからないと二束三文で買い叩かれてしまう。


下手をすれば材料費で足が出かねない。


「大丈夫だ。材料も自分で調達している。」


つまり、木や鉱物、骨まで自分で手に入れたということなのだ。

たしかに腕のいい冒険者なら可能だろうが、だったら素材のままギルドに売って、次の採取に出かけるべきである。


なんとかそういう意味のことを伝えると、オルフェは驚いたように、


おまえからマジメなアドバイスをうけるとは


と呟いた。


「そう言えば、この前は親父から肉の切り分けを教えてもらってたって言うじゃないですか?

冒険者やめる気なんですか?」


バカを言え!

と、少なくとも挫けることは知らないらしい元勇者は言った。

「俺は今、ノリに乗ってるんだ。

新しいパーティもついに結成した。


みろ!この作品数。たった一晩で作ったんだぜ。」


「兄貴」

ジャグは呆れた。

「新パーティ、おめでとうございます。

でもなんでそっから、フィギュア作りに走っちまうんですか?

もっとやることはあるでしょう?」


「それはだなっ!」


オルフェは手のひらをむけて、両手を差し出した。


「見ろ! もう震えては全くねえ! 握力や筋力はてんでダメだが。」


じゃあ、ダメなんじゃないすか?

と残酷な一言は言えないジャグである。


「そ、それはよかったです。で、それを試すために親父に肉の捌きを習ったり、フィギュアを作ってみたりしたんですかい?」


「おうよ!

俺も久々に必殺技がほしくなってな。」


また話がわからない。

最後まで話しが噛み合わないまま、

久しぶりに一杯奢ってくださいよ。

おう、今日はこれから用事があるんで、明日な。

ホントっすか。じゃあいつもの飲み屋で。

かくしてバカ同士は、なにも意思疎通が取れなくても仲良くできるのである。美しきかな。



昼過ぎまでに、作ったフィギュアをあらかた売ってしまうと(メリクリウスとジークがモデルの女冒険者のフィギュアはけっこう高値がついた)オルフェは立ち上がり、そのまま、デボラ街に向かう。


ここは、腕のいい鍛治職人が軒を連ねる町だ。

以前は下にも置かぬ扱いだった高級な武具を扱う店は、彼の姿を見て目を背けるか露唾を吐いた。

構わずオルフェは足を進める。


そこは鍛治職人でも武器や鎧ではない。

もっぱら工具や包丁を作る職人たちが集まった一角だった。

同じ金属加工だ、何が違う。と馬鹿な質問はないね?

よろしい、まずは使う金属が違うし、最大の差異は付与強化魔法の有無だろう。

オーダーメイドの包丁、ノミでもかなりの出費なのに、付与強化ま魔法までかける変人はまずいない。


「よう、出来てるか?」


その一軒にオルフェは、ぬっと入った。

店主は顔を引き攣らせて裏口から入ってくれと言った。


オルフェは言われた通りにした。

店主が持ってきたのは、果たして包丁だった。だが、剣ほどの長さがあり、ナタの分厚さを兼ねたそれは本当に包丁なのだろうか?


いいんじゃないないか?

彼の理想の逸品だった。計算外だったのは彼の筋肉でどうにもその重量の刃をラクラク振り回すには足りなかったのだ。

オルフェは礼をいい、約定より少しうわ増しした金額を渡すとやっと店主が笑顔を見せた。


「毎度あり。

なにかあったらまた言ってくれ。」


オルフェは、そうだな、と考えて、

黒曜鉄を持ち込むからそれを打てるか

と尋ねた。

そんな、勇者の剣でもつくるような代物は、扱えない。

鍛冶屋の店主は即座に断った。

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