蛙の歌
わたしサリア・アキュロン。しがないC級冒険者で専門は、迷宮探索。
趣味は迷宮研究。
お休みの日?
うん、一人で迷宮巡りかなっ!
人はわたしを「迷宮研究家」と呼んだ。
敬意を込めてそう呼んでくれたのは、ルークという冒険者ただ一人である。
目を開けると、「蛙が冠を被るとき」の斥候モールが朝餉の支度を始めていた。
「おはよう、サリア。よく眠っているみたいなんで起こさなかったよ。」
よく言う。
昨日、そっちのメンバー、回復役のルーモが夕食の中に簡単に目が覚めなくなる薬をたんまり混ぜていたのは、お見通しだ。
黙って、解毒薬を込みで平らげたのだが、この解毒薬が曲者で、ほぼどんな毒も解毒できる優れものなのだが、毒に対して綺麗に相殺できる量を飲まないと、それ自体が毒になる。
わたしは、重宝して使っているが、なんの毒をどのくらい摂取したかが正確にわからないと命を縮める代物なので、誰にもおすすめはしていない。
「みんなは?」
体を起こして、寝袋を片付ける。
わたしのリュックは優秀な「収納」能力があって、食糧や武器(わたしの場合は短弓と薬品だ)をいっぱい詰め込んで、多分十日間は持つだろう。
「先に行った。」
「ルモウやドルヨは無事だった?
オークの群れに遭遇して、バラバラににげたんだけど。」
「大丈夫だよ。ドルヨの魔法はすごいからね。」
朝のご飯は昨日のスープで、雑穀を煮たものだった。
「美味しいな。昨日のスープの出汁がよかったのか。」
「こんなものでよければ、指名してくれればまたご馳走するよ。」
モールは明るく笑って、わたしの椀におかわりをよそったくれた。
さて、第七層まではもう、ひと息だ。
階層が変わる度に、地形や気温までかわるのが迷宮だ。
だが、ここの第六層と七層は、独特の形状をしている。
凍らぬ氷湖。
すなわち、湖水にまじって無数の氷塊が浮き沈みしながら永遠に止まらない運動を繰り返す湖とその湖畔で形成される七層と。
そのうえに巣のように張り巡らされた通路からなる六層と。
実際にその通路は、七層から見れば、蜘蛛の巣のように細く儚げに見えるのではあるが、実際には人が一人くらいは優に通れる幅がある。
いまにも崩落しそうな恐怖感はあるものの、実際に崩れたことはないらしい。
六層は、複雑な迷路とかしたその通路を歩きながら下っていく。
湖から吹き上げる冷気で、通路のうえはかなり寒い。
ここに出てくるモンスターは蜘蛛や蜂を大きくしたような昆虫型のものだ。
通路の間に、巣を貼る蜘蛛。その間をぬって襲い来る蜂。
どちらも、やっかいな相手である。
モールは吹き矢で。
わたしは、弓で。
それぞれ何匹かを撃ち落とした。
こんなときくらい、1団となって戦えばいいのに!
魔法なら、飛びくる蜂を一網打尽に出来たし、剣士がいれば接近を恐れずに、狙いをつけることもできたのに。
「ドルヨの魔法が欲しいな。」
と、わたしは言ってみた。
「先に降りてるから」
続けざまに、2匹の蜂の複眼を、吹き矢で射抜いたモールが振り返った。
そうは言っても彼女もそう余裕があるわけでもなかった。
額には、緊張からか汗が滲んでいる。
しかし。これではジリ貧だな。
蜂の活動には周期的なものがある。新しく産まれた蜂たちの巣立ちの時期は、どうしても数が多くなるし、餌に飢えた蜂はより凶暴だ。
「数が増えている。」
わたしは、冷静に言ったつもりではあったが、声が震えていたかもしれない。
「コマンダーがいるぞ。」
それは、蜂が「群れ」としてわたしたちを敵と判断したということ。
ひとつの群れは、百匹から数百匹の蜂で構成される。
すべてを倒し切るまでは(またはわたしたちが肉団子になって、女王蜂に供されるまでは、戦いは終わらない。
空を飛ぶ者に弓は、常套手段であるが、こうなってくるともはや矢数がたりない。
モールの吹き矢も同様だろう。
広い範囲に影響をもたらす魔法が不可欠だった。
そして、「蛙」のドルモはまさにそのような魔法をもっていたはずだった。
「彼女を呼んでくれ。」
わたしは、コマンダーをねらって、必中の矢を放った。
これは名前ほど「必中」ではない。ただ目標を追いかける機能が備わっていて、目標が逃げてもそれを追いかけて当てることができる。
値段は普通の矢のざっと20倍。
矢は、コマンダーをカバーするように出現した別の蜂にあたった。
敵ながらあっぱれ。身をもって、コマンダーを救ったのか。
「もうけっこうわたしたちは降りてるぞ。彼女はなにをしてる。真上で戦いが起こっていても気がつかないのか?」
「あ・・・その・・」
モールは言い淀んだ。
「寝てるのかもしれない。」
そうかそうか。
確かに、わたしも学者のはしくれ。突然、眠くなって自分の意志とは関係なく、倒れるように眠ってしまう病気があることは文献で呼んだことがある。
だがそれは、数万人にひとりの奇病のはずだ。
そして、そんな病気をもって、冒険者をやっている阿呆がいるはずもなく。
つまりは、モールは嘘をついている。
この少女をわたしは気に入っていた。
懸命に学び、真剣に交渉し、露営地からここまで、わたしを案内した腕前も見事だった。
「このままでは死ぬけど?」
モールは唇をかんだ。身体が震えている。
「どうしても呼べないの?」
モールはかぶりを振った。
「ならいい。今度だけはわたしが、助けてあげる。その代わり本当のことをきかせてもらうからね。」
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