迷宮探索

待ち合わせは、かの迷宮の入口。

約束の日時に訪れたわたしを迎えたのは、スラリと、背の高い美剣士だった。


「サリア・アキュロンどのですね。

ぼくは、ルモウド。『 蛙が冠を被るとき『 』の前衛です。クラスは剣士。」


浮かべた笑みは、相手を落とす時の男娼のそれに似ていて、わたしを辟易させた。


「モールたちは、すでに先行しています。安全なルートを、確保しおそらくは、今宵のビバーク地まで確認しているのではないかな。


ご安心を。合流まではこのルモウドが命をかけてお守り致しましょう。」


「気持ちはありがたいのだがな。」

わたしの声は少し固くなっていたかもしれない。

「予定にないことをいきなりされても困る。実を言えば」


元勇者のことは黙っていた方がいいだろう。


「君たちの戦いぶりを見せてもらって、それによってはもっと大きな仕事を頼みたかったのだ。

ほかならぬ次期パレス公爵閣下直々の依頼だ。」


これはまんざらウソではなかった。

ルークとは、何度か一緒に潜っている。

個人的な知り合いと言っていい。

直接、連絡をつける方法ももっていて、そうでなければ、悪評が怖くって、元勇者どのとコンタクトなんてとれない。


「すみません。ぼくらのやり方はこうなので、もしこれからも雇っていただけるのなら、これに慣れてください。」


同じようなケースに慣れているのか、流暢な言い訳だった。


依頼主が女だったら、あるいは男でも衆道趣味でもあったら、ころっと行かされてしまういそうな笑みである。

だが、こちとら、そういう笑顔には慣れっこになってる。

その笑顔に騙されて、ルークのヤツになんど危ないめに合わされたことか。


いや、見合う報酬はあったよ。


わたしはいまは、騎士爵の地位とそれに見合う領地にかわる年金を受け取ってる。

隠し爵位というやつで、公然とは名乗れないが、金の面も含めてもともと迷宮の「研究」をしたかったわたしにはとっても助かっている。


「・・・・わかった。」


わたしは諦めて、ルモウドに言った。


「合流場所まで案内してくれ。」



結論から言うと、ルモウドの腕は悪くなかった。

途中、何箇所か巨大な蜘蛛の巣に行く手を阻まれたが、手元の薬品で、蜘蛛を退散させた上で、注意深く蜘蛛の巣を切り払って、進んだ。


焦って、蜘蛛の巣に特攻するのは愚の骨頂だし、また結構燃えるので、喜んで燃やそうとするものも多いのだが、洞窟の広さと空気の流れを見ないで火を放つととんでもないことになる。



一層、二層と、小休止を挟みながら、探索は順調に進んだ。

三層でオークの群れと遭遇した。


ひとまわり大きなオーク・ハイと呼ばれる上位種族に率いられた十頭ばかりの群れで、一流どころのパーティなら苦にもしないだろうが、わたしたちは、剣士と学者の二人連れだ。


「だから、早くに合流しようと言ったのに!」


逃げるにしろ、迎えうつにしろ、判断を間違えれば死ぬ。

迷宮はそういうところだった。

わたしもその覚悟があって、潜っているし、そうと決まればむざむざと倒されることもない。


毒薬やら麻痺薬を塗った弓矢を用意していると、ルモウドが笑って、先に行けと言った。


「ここは、ぼくが食い止めますから、先に行ってください。」


「馬鹿を言え。」


今までの立ち振る舞いで大体の腕前はわかる。その若さで悪くはなかったが、オークハイを含むオークの群れには非力すぎた。

爆発系の魔法でも使えるものがいれば、また違っただろうが。


「うちの魔法使いが近くに来ています。あいつがオークどもを一掃しますから。」

「なら、逃げなくても。」

「あいつの魔法に巻き込んでしまうかもしれません。とにかく離れてください。」


言われるままに、洞窟を駆け出した。この先はまるで宮殿のような作りになっていて、細かい隘路がたくさんある。

もし、オークを迎え撃つにしても悪くない地形だった。


走るわたしの後ろで爆発音がした。

オークの悲鳴と、オークハイの叱咤の声。

わたしの唇が笑みの形に釣り上がる。


悪い指揮官ではなさそうだ。

ルモウドたちも結構、苦戦するかもしれない。


だが、それは杞憂だった。爆発音は続いた。

何度も。

何度も。


振動は、迷宮を揺らし、天井からパラパラと小石が落ちる。


爆炎が押し寄せ、わたしは地に伏せてそれをやり過ごした。


これがドルモとかいうこのパーティの魔法使いの力ならば、凄まじい。

この魔法に関してだけなら、かつての勇者パーティ「狼と踊る」の魔術師メリクリウスにも匹敵するんじゃないか?


地に伏せたわたしの背中に、小石がパラパラと降りかかる。


「大丈夫? 怪我はない?」


そう言ってわたしを抱き起こしたのは、修道服を纏った女性だった。


「あなたは?」

「わたしは『蛙が冠を被るとき』のルーモ。回復役よ。爆発音が聞こえたから、来てみたの。あなたが、サリア・アキュロンね?」


「怪我はない、と思う。」


だいぶ泥と噴煙に塗れたが、想定の範囲内だった。こんなことでびくともするものではない。


「他のみんなはどうした?」


と聞くと、ちょっと驚いたようだった。


「ルモウドとドルモなら、この爆炎が晴れるまではこっちに来られないんじゃないかしら。

モールは、さらに先行してるわ。


この先に休める場所を確保してあるの。

食事をとって、仮眠をとって、出発しましょう。」


わたしはもう一度、ルモウドとドルモがどうなったかを尋ねた。


「爆煙が晴れたら追いつくでしょ。」

とルーモはそっけなく言った。


休める場所を確保してある、と言った割りには彼女の手際は悪く、何ヶ所かの候補地をさ迷ってから、ようやく腰を落ち着けて、焚き火を起こした。

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