元勇者と肉屋の息子
どうした?
しけた面だなあ。
いっぱい奢ってやるからこいよ。
え?あんたと一緒に呑んでるところを見られるだけでも冒険者稼業に差し支えます、だ?
生意気なことをぬかす・・・
気に入った。いっぱい奢ってやるよ。
なに?
だいぶ懐のほうはあったかそうですね、だと。
まあ・・・分にあった暮らしをするには十分に稼いでるよ。
最近じゃあ、狩人のまねごとかな。いちばん実入りがいいのは。
え? 知ってます?
なんだよ、オレの追っかけがまだ残ってやがったのか・・・って違う?
あげたり、おとしたり忙しいやつだな。
・・・そうか、おまえも仕事にあぶれたクチか。
もともとは商家の出? めずらしいな・・・冒険者なんぞは、土地のない三男四男がしかたなしになるもんだと思ってたんだが。
へえ。
知ってるよ・・・「西門市場」だろ。あそこにはよく獲物を買い取ってもらってるんだ。
なに、それも知ってる?
・・・あそこの息子だって?
ああ・・・なんだか、稼業を継がずに冒険者稼業に精をだしてるしょうもない息子がいるって、親父さんが嘆いていたな。
ありゃあ、おまえか。
なに?
持ち込まれる獲物の質がいいって?
親父さんがそう言ってたのか?
ふん、まあ、ほめられるのはありがたいが、なにも出ねえぞ・・・ああ、もういっぱいくらいなら構わんよ。
そりゃあ、冒険者には冒険者の狩り、ってもんはある。
牧場じゃあ、飼えないたぐいの獣や、なみの狩人にはちいっと危ない相手とかだな。
そりゃあ、勢子でもいれて十人二十人で狩れば、狩れるんだろうが・・・そうするとこんどは手間賃のほうがかなわなえよな。だいたいうまい具合にその獲物とめぐりあえるわけでもないし。
この前もちこんだ、三面熊か?
ああ、あそこまでいくと、獣じゃなくて魔獣だな。
そのくせ、ギルドで買い取ってくれるのは、胆のうだけだ。たいしたもうけにもならないんで肉は、肉屋にもちこむことにしてるんだよ。
その、肉の質がいいって?
秘訣?
そんなものはねえんだが・・・・あんまり死に際にしぶとく暴れさせないのがいいんじゃねえか。
ほら、苦痛と怨念っていうのは血肉に宿るだろう。
そうなると、魔獣ってやつの肉は固くて、苦くてどうしょうもなくなるのさ。
そうならないようにズバッと止めをさしてやると・・・まあ、調理法によってはけっこう食えるものになる。
あくまでもけっこう、だぜ。うまいまずいでいったら、牧場でゆったりふとらせた牛や豚の肉のほうがうまいと思うぜ。
確かに、貴族や金持ち連中はパーティの席っていうと希少肉をほしがるなあ・・・
あんなものは見栄のはりあいで一文の特にもならねえと思うんだが・・・
いや、そのおかげで、魔物を高い値段で買い取ってもらってるんだからオレが文句をいう、筋合いじゃあねえよな。
え?
得物?
ああ、オレはもともと剣士だからなあ。
見るか?
ああ、全部抜くなよ、ここは冒険者以外も使ってる酒場なんだ。剣なんか抜いたら追い出されちまう。
意外に思うかもしれないが、この街じゃあ、ちゃんと現金で払いますっていっても門前払いする店も多いんだぜ。
知ってます? ああ、そうか。まあ、いままでの悪行がたたってんだ。文句は言うまいよ。
だが、これ以上、いっぱい飲める場所を減らすこともないだろ・・・え、なんだって。
なんの付与魔法も加護もかかってないって?
あたりまえだろ?
そんな超高級品は、堕ちたときに売り払ったさ。おかげで、オレは女どもは手切れ金を渡せたってわけだ。
ん?
最近、また街に舞い戻ってるみたいだって?
まあ、声もかけてこないのなら、こっちから探すこともないだろ。
なにせ、オレと話したってなんの特にもなりゃあ、しない。
剣の話しだったろ。
そうだよ。こいつはもらいものだが、いい長剣だ。
見ろよ。刃こぼれひとつしてないだろ。
うん?
ああ、狩りはふつうそうだな。遠距離から弓矢や魔法で弱らせておいて、止めは槍だな。
剣だと、ある程度大型の魔獣だと、爪や牙の攻撃範囲にはいらないと届かないからな。
そこは、タイミングの問題だ。
あと、前もって弱らせるためのちまちました攻撃をしちまうと、魔物の肉っていうのは食えたもんじゃなくなるんだよ。
一撃。
まあ、頭蓋か・・・頭が3つあったら心臓か。
心臓が2つあったら?
いうねえ・・・まあ、オレの技には二連突きとかがあってだな。
ふつうの剣で、魔物の肉をさいて骨をきれますか、か。
うーん。これはうまく、言えねえんだが、じつは骨にもつなぎ目ってものがあるんだよ。頭蓋骨みたいに一個で形成されてるような骨にもさ。
そこをねらって切り込んでやる。
そうじゃなけりゃあ、並の鉄の剣じゃあ、折れるか曲がるか・・・だな。
その前のキメラはどうでしたって?
おまえ、オレの獲物をぜんぶチェックしてやがるのか?
ああ、たしかにおまえの親父のところにもちこんだ獲物だが。
あれは、たしかに一撃じゃあうまくいかなかった。なにしろ尻尾の蛇がやっかいだからな。あそこをまず切り落としてから、ぞうだ、確か目を通して脳をかき回してやったんだ。
そうだよ、オレの技には飛閃三連突きってのもあってだな・・・嘘くさい?
いや、現実に、おまえの親父のところに、納品してるんだぜ。
それをいったら、お前の親父の包丁さばきだってたいしたもんだ。
腕利きの冒険者が、全力で切りかかっても弾かれちまうような筋肉を、軽々と切り分けるんだからな。
それこそ、相手が生きててもあのスピードにはかなわねえんじゃないか?
生きたままブロックに解体されてたりな。
あんなことがよくできるもんだ、って感心したよ。
なに?切り方にコツがある?
筋肉の繊維にさからわないように、か。一刀じゃあ無理だから、二丁の包丁で繰り返し、斬りつける要領でさばくのか。
おもしろ・・・
西門市場の肉屋の息子のジャックが、元勇者オルフェに話しかけたのは、偶然の要素も多かった。
実際、懐具合も寂しかったし、うまく持ち上げてただ酒にありつければそれでよかったのだ。
堕ちた勇者をからかってやろうという気も少しはあった。
だが、突然立ち上がったオルフェにジャックは腰を抜かしていた。
気の良さそうな酔っぱらいはそこにはもういなかった。
なにか空を見つめてぶつぶつとつぶやいたあと、酒場の亭主にいくらか握らせて
「こいつに好きなだけ飲ませてやってくれ。」
それだけ言って、足早に酒場を出ていった。
あとに残されたジャックは、のちに仲間内に「やっぱり勇者までやった冒険者ってのは迫力が違う」と語ったが、あまり相手にされなかった。堕ちた勇者は話題としてももう、ひとをひく要素は残っていなかったのである。
この話がある種の逸話として語られるのはずっとのちの話となる。
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