冠を被った蛙
「待たせてすまなかった。依頼主のサリア・アキュロンがあなただね。」
活発そうな少女は、鎧というにはあまりにも露出の多い出で立ちだった。
肌のはりは、十代のものだ。うう、太ももがまぶしい。
わたし、サリア・アキュロンが『蛙が冠を被るとき』を雇うチャンスは早々に巡ってきた。
『帰らずの迷宮』にかなり深くまで潜る必要があり、途中なんどか睡眠をとらないといけない。
忌避剤もききにくいオークなどの知性をもった魔物が集団をくんでいるので、一緒にもぐつてくれる仲間が必要だった。
あまり大枚は叩けないので、そこそこの腕のある若手、となると、『 蛙が冠を被るとき』もその条件を満たしていたので、先日のオルフェとの約束もあったわたしは、迷わず彼らに指名依頼を出したのだ。
「目標は、七層にある『 凍らない氷湖』のほとりの紫檀草の採取。」
わたしは、飲みものを注文しながら言った。
「一日目は、四層の宮殿跡地でビバーク。
二日目に、七層で目的物を採取する。
現れるのが一日にほんの数時間だから、待機の時間もあるだろう。
その時間によっては、帰りにもどこかで、一泊する必要がある。」
報酬として、わたしは相場より若干高めな金額を提示した。
「蛙が冠を被るとき」は謎が多いパーティだ。
主に迷宮探索を得意とするパーティだったが、構成のメンバーがわからない。
本人たちは、四人構成のパーティで、斥候のモール、魔法使いのドルモ、剣士のルモウド、僧侶で回復役のルーモだそうだが、つなぎ役として顔を見せるのは、このモールのみ。
実際に迷宮内で、凄まじい剣技を披露するルモウやドルヨのものらしい爆煙魔法が使われるのを目にしたものがいるので、実在していることは間違いない。
だが、依頼を受けるのも報酬を受け取るのも、このモールという少女ひとりだ。
モールはしばらく考え込んでいた。
依頼内容としては、そう難しいものではない。
拘束時間は三日程度だし、迷宮としても初めてではないはずだ。
わたしの目的は、紫檀草の採取そのものよりも、それが出現する場所と時間、魔素濃度の変化を記録すること。
だけど、それだけだと費用がまるまる持ち出しだけになるので、もちろん採取するつもりだ。
だが、そのために「凍らずの氷湖」での滞在時間は、かなり長くなる。
案の定、モールはそこをついてきた。
「凍らずの氷湖」なら、周りに価値のあるものは、ほかに沢山ある。そちらを採取してとっとと退散すべきなのでは。
わたしは、自分の目的を説明した。
空いた時間に、その他の希少鉱物や薬草を採取するのは自由だ。
だが、目的のためには一定時間以上は、湖畔に滞在したい。
モールはなおも反論する。
それはあまりにも危険だ。
あそこには、氷雪姫がでる。Sクラスのモンスターで、わたし達では歯が立たない。
わたしは、感心した。
モールはよく学んでいる。
確かに、売り出し中の冒険者に間違いない。
「わたしがこの世界で唯一の『 迷宮研究家 』と呼ばれることは知ってる?」
この名称は実は恥ずい。
自分が奇人変人のたぐいだと公言してるようなものだからだ。
「はい、まあ・・・」
モールは答えた。
あまり尊敬されてるようではない。
「氷雪姫は、実は出現率の極めて少ないモンスターだ。
特にパーティのメンバーが4人以上いる場合の出現率はゼロ。なので今回の場合は、まったく心配のいらないケースとなる。」
わたしが「変人」なのはわかっているようだが、迷宮に対する知識についてもよくわかっているようで、それでもモールは迷い、結果的に依頼料をいくらか上乗せするかたちで、契約を成立させた。
なるほど。
会話の端々でわかった。
「蛙」はその内部にいろいろと秘密を抱えているわけだ。
元勇者どのは、阿呆なことでも有名だったが、一方で悪知恵のはたらく男でもあった。
「蛙」の秘密を握ることで、あるいは将来有望なパーティを自分の傘下に引き込むためのネタにするつもりなのかもしれない。
ならば、いっそ邪魔してやるか。
わたしはそのときには、そのくらいに思っていた。
まさか、元勇者どのがあんなことを企んでいたとは思いもせずに。
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