第5話(最終話) ヘッドホンを外す訳

「ヘッドホンを外させる」という重要任務を仰せ使う。


だが、それとは別に、「浮かんだ歌詞を書き出す」という個人的に重要なことに、その夜は熱中していた。バンド演奏の余韻が、治まらないうちに!

こうして、合宿4日目の夜は過ぎていった。



(合宿5日目朝)


「ヘッドホンを外させる」という重要任務を受けてから初日だが、すぐにどうにかなるとは、流石に思っていない。

とりあえず、不自然にならないよう気をつけながら、これまで以上にヘッドホンさんのことを見てみることにした。


するといきなり、あることに気づいた。


「♪~~~♪~~♪」


調理場で朝食の支度をしているヘッドホンさんが、おそらく無意識に上機嫌で鼻歌を歌っていた。

ひょっとしたら、これまでもよく歌ってたのかも知れない。だけど、注意深く見るようになったので、気づけたのだろう。


「・・・ミーツ?」


思わず口に出たこのワードが聞こえたのか、驚いてこちらを向く。そしてそれを言ったのが俺と気づくと、さらに驚いて言った。


「弟くん!?・・・どうして、それを・・?」


俺は、気をつけながら、答えた。


「・・たまたま知っていたんですよ。お姉さんこそよく、こんなマイナーな曲を知ってますね」


「・・・好き、だから」


予想外にストレートな返事に、俺はびっくりした。ひょっとしたらまだ、動揺しているのかも知れない。


「・・・ひょっとして、姉貴が言ってた、探しているアーティストって」


ヘッドホンさんは、コクリとうなづいた。


「この「ミーツ」という曲のアーティスト。・・・正確には、この曲の作詞作曲をされていた方です」


俺は頭が、ガツーーンとなった。



―――――――――



今から約3年前。僕が高校1年だったある日。


何気なく街角を歩いていると、ふと一人の女性が目に入った。


その瞬間何故か、歌の歌詞や曲が、断片的ながらそれでいてしっかりと、頭の中に浮かんできた。


一目惚れの経験はないけど、そういったのとはひょっとしたら違うかも知れない。


だけど、心の底から思ったんだ。


「僕は彼女のために、この歌を作りたい」って。


しかし、作詞や作曲の経験なんて無く、それらしいことをやった事すら無い。

断片的な歌詞や曲の点と点を独学で結び、そして学んでいき、半年近くかけて、どうにかそれらしい形にすることができた。


そのタイトルが、「ミーツ」だ。


でも、これをあげたい「僕が見た女性」を、あれからみかけることは無かった。一縷の望みをかけ、オリジナルで創った歌詞や曲をネット上で公開できる、いわば音源サイトにアップしてもみた。

幸運にも、こんな素人丸出しの作品でも歌ってくれる方は何人かいてくれた。が、「僕が見た女性」ではなかった。


そうしている内、高校2年も後半に差し掛かり、大学受験を真剣に考えねばならない時期になった。僕はそれを機に、曲に関することやそれ以外も全て、ネットやSNS関連のアカウントを公開しないようにした。


この歌詞と曲を、そして「僕が見た女性」を探すことを、当面封印するようにしたのだ。


それが今から約2年前の出来事だ。



―――――――――



つまり、「ヘッドホン」さんが「ヘッドホン」さんたる由縁は、自分が言うなれば自己満足で創った曲であり、しかも待たせている理由が理由だった。


(言いにくい! ・・・単純に大学受験のため、活動を休止していたなんて言いにくい!!)


片方はこれまで隠していたことを告白したため、

そしてもう片方は、墓穴ともいえる事実を知ってしまったため、

完全に硬直してしまった空間。


「おーい、朝飯まだかーー?・・・って、何だこの空気?」


朝飯の催促に来た姉貴の言葉が、その空間を壊してくれた。


「あ、うん。朝飯ね! うんうん、大事だ!」


「そうそう朝食!朝食、食べて作らないとね!!」


俺もヘッドホンさんも、明らかに動揺した反応を示す。


それを見ていた姉貴は、何故かニヤリと笑みを浮かべ、思わぬことを言った。


「・・いや、いい。今日の朝食は私が作ろう。それよりふたり、話すことがあるんだろ?ちょっと話してこい」


「「え!?ご飯作れたの!!?」」


「この雰囲気でハモるほど、衝撃的なことか!?」


だけどこれで、俺は落ち着きを取り戻し、自身がやることへの決意がついた。


「・・わかった。姉貴助かる」


俺は、「ヘッドホン」さんの方を向き、真面目な声で言った。


「・・大事な話があります。一緒に来てください」


「・・・・・・・ わかりました」


他の人に聞かれないよう、自分の部屋に一緒に来てもらった。


「・・頼んだぞ、弟」



俺は自分の部屋に彼女を招き入れ、鍵をかけた。


「適当なところに座ってください」


座ってもらうと、俺は持ち込んでいたノートパソコンを起動する。

そして、「ミーツ」の音源ファイルを再生し、流す。


「・・この曲、「ミーツ」? あれ、でもなんか?」


「そうです。・・今から約3年前に作った、「ミーツ」の最初のバージョンです」


「え!?」


再生しているファイルの、約3年前の日付の作成日時を示す。


「ホントだ・・え?ちょっとまって?・・3年前?最初??」


「・・自分でも信じられなかったので、回りくどいやり方をしてしまってすみません」


軽く頭を下げると、意を決して言った。


「「ミーツ」を作詞作曲したのは、・・この俺です」


ヘッドホンさんは、驚きで目を見開いた。



俺は彼女に、「作詞作曲経験もないまま、一から創った事」そして「大学受験のため活動休止した」という事実を伝え、詫びた。


「はは・・・大学受験・・・そうだよね・・大事だよね・・・」


頭では理解していても、心はまさに放心状態。そんな彼女に、俺はただひたすら謝るしかなかった。


それをしばらくやって、どうにか少し戻ってきてくれた。


「・・うん。浮上した!弟くんは悪くない。もう頭上げていいよ」


「・・なんか本当に、すみませんでした」


「いいよいいよ。・・でもそっかぁ~。私、知り合って何ヶ月もなるのに、気づかなかったのかぁ~」


ぐっ・・・それは・・・


「でも仕方ないよね~~?女性向けの曲だし、アーティスト名も女性っぽいから、女性と思い込んで探しても、仕方ないよね~~?」


「はいそうです。あなたは悪くありません」


圧に屈する俺を見て、彼女は笑った。


そしてその後、涙を流していた。


「あ、あれ・・?・・・ごめん。さっきまで驚きっぱなしだったから、・・・今になって、探してた人に会えた感動がきちゃったみたい・・・」


「・・・・光栄です・・」


涙がおさまるまで、いくらでも待ちます。



「・・うん、だいぶおさまった。ありがと」


「いえいえ。こちらこそ」


「・・・でも、会えて嬉しいアーティストさんじゃなくて、「弟くん」に聞くけど、なんでいきなり女性向けの曲を創ろうと思ったの?経験もなかったって言うのに?」


「・・・インスピレーションっていうんですか?が、沸いたからですよ。「ある女の人」を見た瞬間に」


「! ・・・ふぅ~~ん、女の人か~~ ふぅ~~ん ・・・高校時代の弟くんは、おませさんだったんだねぇ~」


落ち着かない様子を見せる「ヘッドホン」さん。


俺はそれを微笑ましく見ながら、あるものを差し出した。


「突然ですけど、ちょっとこれを見てもらえますか?」


「ぶうーー ・・なにそれ?」


「昨晩書いた、新曲の歌詞です。・・まだ未完成ですけど」


「!! みる!」


目を輝かせて、バッと歌詞を書いた紙を奪う。こういったところが


「おー!やっぱ素敵で綺麗な、好みの歌詞~~ ・・あれ?これって?」


「この歌詞、久々にインスピレーションが来たんで書いたんですよ。・・・昨日の午後だったかな?」


「昨日の午後・・・? ・・・・・!!!」


気づいて、目線を歌詞からこちらに向けてくれる。その表情が、可愛くてたまらない。


そして俺が今、「ヘッドホン」のお姉さんに、「伝えたかったこと」ともう一つ

「確認したかった事」を実行に移す。


「・・・俺、「貴方がヘッドホンを外した姿」を、一度も見たことが無いんですよ、本当に」


「・・うん。そうだね。見せたことないね。・・何故だか、弟くんには特に」


「・・・確認させてもらえませんか? 俺が昨日、「ミーツに似た歌詞がわいてきた」理由がなんなのかを」


言うべきことは伝えた。



しばらくの沈黙ののち、彼女は俺のすぐそばまで近づき、耳元で、優しく、囁いた。



「・・・いいよ。外してくれても」




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姉の友達はヘッドホンを外さない Syu.n. @bunb3

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