第4話 歌う姿を見る訳
バンド合宿もちょうどなかば。3日目が終わろうとしていた。
1日目2日目と過ぎ、俺の料理はわりかし好評だった。
ヘッドホンさんは、「弟くんの料理はやっぱりいいねぇ~。なんか落ち着く」と相変わらずの嬉しいコメント。カップルさんからも、「男の料理って感じで、充分美味しいっす!ちょっとお米や肉が多めだけど、バンド練習で疲れた後だから、問題ないっすね!」とおおむね好評を頂いた。・・まぁ、年下に対する口調には、なかなかしてくれないけど。
唯一不評なのが我が姉。
「・・旅先でもいつもと同じような料理・・・つまらん」
金かからないからって呼んだのは、あなたでしょう?文句あるなら外で食べてきてください。あと、旅行じゃなくて、合宿な。
そして次の4日目は、約束通り1日休暇をもらう事にした。とは言え流石に、「じゃあ1日料理任せました」は申し訳ない。本日の夕食にカレーを大目に作り、「4日目はそれで間に合わせてください」みたいにしておいた。・・・カレーを見た途端、若干怯えていた「カレーくん」さんには悪いけど、俺のレパートリーでは、どのみち1回は出さないと回せないんだよ。
さて、フリーとなる4日目だが、あ、ちなみに、姉貴にはきちんと言っておいた。「くっ・・約束は約束だ・・・やむを得ん・・」と、渋々了解してくれた。
1日フリーだからと言って、本当にグテ~っと1日過ごす気はない。・・それでもいいけど。
ここから歩いて2,30分のスーパーにて、毎日ちょっとした朝市をやっているのを小耳に挟んだので、涼しい内から行ってみようと思う。要するに買い出しだ。
調理場にもまだ食材はあるが、いかんせん俺のレパートリーではちゃんとした料理を作るのはきびしい。ヘッドホンさんも
「使って料理はできそうだけど、手間と時間の割に美味しくはできないかなぁ・・」
と嘆いていた。臨時の賄い人とは言え、そういった事態はなるべく避けたいのだ。
これで午前中はつぶれるだろう。そして午後は、・・バンドの練習をじっくり見させてもらおうと思う。
実は、このバンドの練習を見ることが、俺にとっての今回の目玉だ。
別に、姉貴に対する父兄参観気分とか、バンドの良い悪いを見定めようとかじゃないぞ。・・まぁ、それも全くないとは言わないが。
「姉貴のバンドが、一生懸命やっている姿を見る」ことが、大事なのだ。
・・・よし、明日の方針が決まったところで、今日は早めに寝よう。
コンコン
・・・と思ったら、誰かが部屋の扉をノックしてきた。誰だこんな遅い時間に?と時計を見たが、まだ夜の10時。大学生にとっては遅い時間じゃないな。
とりあえず、部屋の扉を開けて応じる。
「はい?」
「わっ!・・突然開いて、ビックリした!」
開けると、ヘッドホンさんが立っていた。・・この時間でもヘッドホンしてるんだ。
「弟くん、ちょっとお話、いいかな?」
「別にいいですよ。立ち話でなんですけど」
「?お部屋入れてくれたりしないの?」
「・・今は夜で、部屋には俺一人ですから。・・・俺は姉貴を、殺人犯にはしたくないので」
「あー、そうゆうことかー。わかりました。立ち話しましょう」
「ご理解頂き、誠にありがとうございます」
俺とヘッドホンさんは、ちょっとだけ笑いあった。
「さて、お話だけど、弟くん、明日、朝市に買い出しに行くんでしょう?調理係同士、一緒に行きませんか?という話です」
「あれ?朝市行くって誰にも言ってなかったのに、よくわかりましたね」
「ちっちっち」
こういったポーズ、この人ホント似合うなぁ。
「朝市の話聞いた時、乗り気だったでしょ?それと弟くんの性格考えたらね。なんだかんだ君とも、付き合いそこそこになるからね」
「あ~、三ヶ月、四ヶ月くらいですか?そう考えると、まぁ長いっすね」
「そうそう。・・まぁ、弟くんの話は姉の人からちょこちょこ聞いてたから、私はもう少し長く感じてるけどね」
「え?姉貴が俺の情報を?・・そのリーク情報、精査したいんで詳しく!」
「じゃあ、その辺の情報は、明日一緒に行く時にでもね」
「あ、そもそも、バンドの練習は大丈夫なんです?」
「・・それなんだけど、」
苦笑いしながら続ける。
「「カレーくん」が、なんかやけ食いしちゃって、体調悪くして。彼女が泣きながら看病するけど、逆効果で悪化しちゃって、」
なんだろう、容易に想像できちゃうぞ・・
「それを見ていた部長。あなたのお姉さんが、「弟が休むのに、うちらだけやってられっかー!明日の午前は休み!以上!!」と叫んで、部屋引っ込んじゃったのです」
「あねきぃ・・・」
公私混同すぎんだろう。
「・・・実際、カレーくんの件は無かったとしても、合宿入ってから練習づくめで、知らず知らず疲れてた感はあったからね。・・誰かさんのおかげで」
「え?俺のせい!?」
「違う違う」
やんわり微笑んで、軽く首を振る。
「「おかげ」って言ったでしょ?文字通り、弟くんがメンバーの苦手な料理関係、引き受けてくれたから、練習に没頭できた。」
「あまりに没頭できたから、多分みんなハイになり過ぎて、ペースをちょっと乱しちゃったんだと思う。部長もそれを感じて、半日休みにしたんじゃないかな?」
「そこまで考えるかなぁ?・・まぁ、なんだかんだ、昔からそういったところはあるか?」
「お、姉弟ならではの昔エピソード、お姉さん聞いてみたいねぇ~ ということで、明日はご一緒していいかな?」
「・・姉貴のリーク情報分くらいは、こっちもリークしていいっしょ。わかりました。曝露合戦ついでに、買い出しに付き合ってください」
「買い出しがついでになっちゃったかぁ~」
お互いにニヤリと笑い合う。
そして朝出発する時間を決めると、それぞれの部屋に戻り、今度こそ床に就いた。
「ん~~~!やっぱ、こういった自然いっぱいの所の朝は、気持ちいいねぇ~~」
歩いている俺の隣で軽く伸びをしながら、ヘッドホンさんは言った。そう、今日も「ヘッドホン」さんだ。
「暑くないです?その・・ヘッドホンしたままだと」
「ん~~?」
唇に人差し指をやり、ちょっと考えるそぶりをしてから返事をくれた。
「実はこのヘッドホン、バンドの部分が涼しくなる機能がついてて、そんなに暑くならないんだよ」
「え?それ欲しい!?」
聞いたことのない性能に、思わず食いついてしまった。目を見開いてビックリすると、申し訳なさそうに続ける。
「・・ごめん、冗談です。普段からつけ慣れてるし、暑がりなタイプじゃないので。極端に暑い日じゃないと大丈夫だから、気にしないで」
「冗談・・・なんかすいません」
「謝る事じゃないからぁ」
楽しそうにコロコロと笑う。
「で、昨夜言ったの何だっけ?曝露合戦?私が聞いた、弟くんの恥ずかしい情報をひとつずつ言えばいいの?」
フフンと不適そうな表情をしようとして、できていない様は年上であっても可愛いと思う。
「・・じゃあ、姉貴がリークした恥ずかしい情報を教えてください。それと同じくらい恥ずかしい姉貴の過去を、リークするんで」
バッと、驚きの速さでこちらの顔を食い入るように見る。ぁ、ちょっと悪い顔してる。
「恥ずかしい過去・・・いいかも・・部長が暴走した時、止めるネタは多いに越したことないよね」
(なんか物騒なこと言ってる―――!!!)
などと心の中で叫んだ瞬間、またまた驚きの速さで、左手をがっちりと相手の両手で握手された
「商談成立!じゃあ、弟くんの恥ずかしい話、いっくよー!」
「待って!心の準備はさせて!!お願いだから!!!」
そうこう会話していれば、目的地などすぐ。あっという間に、朝市に着いた。
「・・へー、結構いろんな野菜とか果物とか売ってるなぁ」
思った以上に大きなスーパーと朝市に、買い出し心がくすぐられる。
・・・反面、ヘッドホンさんは、
「恥ずかしいネタ、あまり聞き出せなかった・・・」
と、かなり膨れていた。・・・恐ろしい子!!
「はいはい。帰りもネタあげるんで、買い出し手伝い集中でお願いします」
「・・上物のネタでお願いします」
出会った頃から感じてたけど、面白い人だなぁ。流石、姉貴の友達やれるだけはある。
「・・・なんか失礼なこと、考えてたりしない?買い出し集中!」
「・・了解しました」
思った以上に、レパートリーに使えそうな食材が安く買えて、ホクホクな俺たち買い出し班。
「これだけ色々あれば、部長も文句言わないでしょう!」
姉の友達さんが太鼓判を押してくれたのは、嬉しい限りです。
「ではでは、上物のネタ、よろしく!!」
「ぁ、覚えてたんすね」
「とーぜん!買い物しながらも、それが楽しみだったからね!!・・・って、あれ?」
突然、彼女の身体が不自然に傾く。慌てて俺は支える。
「たはぁ・・・ちょっとテンション上げ過ぎたかなぁ?」
「・・多分、軽い熱射病です。ちょうどそこの木陰にベンチがあるんで、休みましょう」
今歩いている所は、ロッジに続く林道だ。そこそこ整備されている所を見ると、普段からここを歩く地元の人も多いのだろう。休憩できそうなベンチも所どころにあったのが幸いした。
「や、だいじょう・・・うん、そだね。無理して戻っても、みんなを不安にさせるだけだよね」
「そういうことです」
彼女をベンチまで誘導し、座らせる。荷物は自分のも含め、近くに置く。
「・・さっきのスーパーに戻って、水を買ってきます。あと、多分みんなが使っていい水道があったんで、そこでハンカチもできれば濡らしてきます。すぐに戻るんで、横になって待っててください」
「・・・うん、ごめんね」
「・・謝る事じゃないですから」
俺はちょっとした意趣返しをすると、スーパーまで駆けて戻った。
購入した冷えたペットボトルの水と濡らしたハンカチをもって戻ると、「ヘッドホン」さんは、横になってくれていた。
そう、「ヘッドホン」さんのままで。
「・・水を買ってきました。大丈夫です?飲めそうですか?」
「・・・うん、大丈夫。ありがと」
明らかに具合が悪そうに身体を起こすと、差し出した水を飲む。これでだいぶ落ち着いたようだけど、
「・・ヘッドホン、外すのはダメですか?」
肩をビクッとさせる。それでも、彼女はこう告げる。
「・・・ごめん。これはちょっと・・・」
俺はため息をついて、言った。
「・・・あっち向いてます」
「え・・?」
ゆっくりと、こちらを見上げる。
「・・俺、って言うか、多分できるだけ誰にも、ヘッドホン外してる姿を見られたくないんですよね?だから、見ないようにします」
驚いて、こちらを見つめる彼女。
「5分でも10分でも構いません。熱くなっているヘッドホンを外して、横になるだけでだいぶ楽になると思います。良くなったと思ったら、呼んでください。いいですね?」
「おとうと、くん・・?」
俺は彼女の座るベンチの逆側に座り、彼女と反対方向を向く。
「・・俺とそれなりに長い付き合いって言うなら、信じてください」
そして念のため目も瞑り、決して後ろを見ないようにした。
「・・・・・ うん。もちろん、信じるよ」
小声で何か言ったようだが、風と木々から鳴る音にかき消され、聞き取ることはできなかった。
「・・・いいよ、弟くん。こっちを向いても」
どれくらい経っただろうか?5分、10分?
自分を呼ぶ合図が聞こえたので、ゆっくりと目を開け、ゆっくりと後方を見る。
そこには、笑顔で座る「ヘッドホン」さんの姿があった。
「お騒がせしました!・・まだ、完全じゃないけど、ロッジに戻れるくらいには回復しました」
「・・本当に大丈夫ですか?」
「うん」と立ち上がり、胸の前で両手をグーにしたポーズで言う。
「この通り、元気元気!さぁ、買い出しした荷物を持って、帰ろう!」
二つある荷物の一つを持とうとするのを、俺は遮る。
「両方、俺が持ちます」
ポカンとした後、何故か嬉しそうにニヤニヤしている。
「ふぅ~~ん。男の子してカッコイイじゃん。・・なんならいっそ、私もおんぶして連れて帰ってくれたりしない?」
「・・・そこまでの体力は、すみませんが無いっす」
「うん、かっこ悪いね!」
「・・それに、もしおんぶしている姿を姉貴に見られたりしたら・・・お友達を殺人犯にしたくはないですよね?」
「・・・それは、その通りだ!」
ふたりで笑い合いながら、帰路に就いた。
体調が戻ったのは本当だったらしく、無理した様子もなくロッジまで帰ってこれた。
そして入り口には、「鬼」が立っていた。
「・・・おかえり、弟よ。休みの朝っぱらから、可愛い子とデートとは、いいご身分だな?」
「もう!今朝は弟くんと一緒に買い出しに行くって、昨日の夜に言ってたでしょ!?」
「え!? ・・・・・ そう言えば聞いたような・・だがしかし、そんな危険なことは!」
「娘大好きの父親かよ・・・そういや、親父もこんなだったな」
「お、親父のことは言うな!お前に何がわかる!!」
「同じ親に育てられた姉弟ですが!?」
隣でヘッドホンさんが、吹き出すように笑う。俺ら姉弟は、妙に恥ずかしい気分になる。
「・・まぁ、なんだ。買い出し、だいぶ助けられたよ。明日からまた、まともな料理が振舞えそうだ」
「・・と言ってますが、実際の所はどうです?うちの弟は?」
「今度は個人面談の母親かよ!?」
姉弟コントにまた吹き出すと、彼女はノリノリで答えてくれた。
「ご安心ください、お姉さん。あなたの所の弟さんは、女性の扱いもなかなか上手にできる、良い子ですよ」
「「!!?」」
「さぁ~~、せっかく買ってきた新鮮な食材。悪くならないうちに、仕舞いましょうねぇ~~」
爆弾を投下した彼女は、俺が両手に持っている荷物を取り上げ、何事もなかったように料理場に向かう。あ、結構、力あるんですね。
「・・さ~って、俺も」
「待て。・・爆弾処理は、きちんとしないといけない。間違ってないよな?」
「お終いだ~~~!!」
姉弟惨劇をどうにか回避しようとする俺の耳に、調理場の方から面白がっている笑い声が聞こえてきた気がした。
午後からのバンド練習を、これまでの作業の合間に覗くではなく、きちんと観させてもらった。
肉親に見せる恥ずかしさを最初は出していた姉貴だが、俺は決して茶化すこと無く真剣に聴く姿勢を見せた。程なく、ただ歌にバンドに打ち込む「部長」として、練習風景を見せてくれた。サンクス。
午後の練習が終わり、みんなで俺が昨日作ったカレーと、ヘッドホンさんが作った簡単な和え物を食べ終える。新鮮野菜はやはりうまい。
「今日は3人で片づける」と言ってくれたメンバーに任せ、俺たち姉弟は、申し合わせたように姉の部屋に行った。
「・・・で、お前はどう感じた?」
バンド演奏のことだと、すぐにわかった。
「・・俺は歌とか演奏とかの、良し悪しなんてわからないぞ?」
「それは悪いが期待していない。・・言い方を変えよう。「何か物足りない」と感じなかったか?」
「・・ボーカルが弱い、と感じた」
「さすが、私の弟だ」
望んだ答えが返ってきたことに満足の笑みを見せると、次の瞬間、深いため息をついた。
「あいつの歌唱力は決して低くないし、努力も惜しんでいない。手を抜いたりもしていないと思っている。なんていうか、うちらのやる曲に歌い方が微妙に合ってないんだ・・」
「それはあいつも気づいて、変えてくれようとしている。だが、あの歌い方が魅力的とも私は思っている。その魅力を活かせる曲を、私が作れないんだ・・」
「よく言う、方向性の違いって奴か?」
姉貴は首を振って答える。
「そこまでは、たぶんいってない。・・単に、お互いの技量不足だと思う」
「・・なんとなくだけどわかった。で、俺にどうして欲しいんだ?」
「あいつからヘッドホンを外して欲しい」
「なんでそうくる?」という不理解感と、「そうきたかー」という理解感が同時に訪れた。だけど、言わんとすることはわかった。
「・・・姉だからって、弟に難題を押し付けていい訳じゃあ、ないんだが?」
「この場合、いいんだよ。私の友達だが、あんたの友達でもあるんだからな」
「・・ごもっとも。俺のできる範囲で頑張らせてもらうよ」
俺は姉貴にグーにした拳を軽く上げると、姉貴も拳同士を軽くコツンと突き合わせてくれた。
「あ、友達とは認めたが、そこから先は認めんぞ。やはりおまえでは、あいつは釣り合わん!」
「ここにきて親父かよ!!」
俺たち姉弟は、やっぱり姉弟のままだ。
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