第3話 ジェシカ婆さん
目的を達成した後にまた部室に戻るのは面倒臭いと言う事で、私達は帰り支度をして校門を出る。用事が済んだら現地解散と言う訳だ。
商店街に向かう道中、私達は他愛もない世間話をして間を持たせていた。
「じゃあ先輩もボッチなんですか?」
「孤独と言う自由を謳歌していると言って欲しいな」
「そう言う趣味があるっていいですよね。私、陸上を辞めてからは何もなくて」
「今からでも何か見つければいい。趣味に早いも遅いもないぞ」
意外な事に、先輩は自分の趣味を押し付けてこなかった。今までそれでさんざん失敗して処世術を身に付けたのだろうか。私は彼の話が割りと面白かったので、オカルト系にも興味を持ち始めてきたところなのに。
あんまりディープな方向に話を進める事もなく、素人にも食いついていけるレベルで先輩は語り続ける。私はそんな彼に好感を抱き始めていた。
「さて、商店街だ。ここに来るのも久し振りだな」
「えっ、先輩はモール派ですか?」
「仕方ないだろう。映画館はあそこにしかないんだから」
そう、地元で映画を観るにはショッピングモールに行くしかない。先輩は映画を劇場で観る派なので、必然的に地元の商店街には足が遠のいてしまったのだとか。私自身も買い物は同じくモールで済ます事が多かったので、彼の事をとやかくは言えなかった。
商店街の入口に立ったところで、先輩が私の顔を見る。
「じゃあ、案内をお願い出来るかな」
「あんまり期待しないでくださいね」
私は記憶を手繰り寄せながら、あの日の老婆がいた場所に向かって歩いていく。一本道なので、ずっと目で追っていれば自動的に目的地に辿り着くはずだ。私はそこに着くまでに、商店街の思い出を先輩にぶつけていく。
どこかで話が弾めば良かったものの、返ってくるのは生返事ばかりだった。
「ごめん、正直商店街の思い出はあんまりないんだ」
「子供の頃はまだモールもなかったのに、どこで買い物とかしてたんですか?」
「インドア派だったから、あんまり外に出なかったんだよ。家で本やネットを見てる方が楽しかったし」
「あー」
どうやら先輩は幼い頃からボッチを極めた存在だったようだ。彼と共通の話題が何もなくて、次第に私の口数も減っていく。思い入れがないのなら、いくら商店街の話をしても右から左へと素通りしていくのも当然の話だ。
お互いに完全に無口になってしまったところで、路上に佇む露天商の姿が見えてきた。
「えっ? いた!」
「おお!」
さっきまで生気をなくしていた先輩の目が突然輝き出す。逆に、私はこの再会に少し困惑していた。テンプレと違うじゃん!
「おや。お嬢ちゃん、また来たのかい。今度は彼氏まで連れて。熱いねえ」
「違いますっ! それよりこのペンダントの事を教えてください!」
「なんだ、彼氏じゃないのかい……」
老婆は先輩が彼氏じゃないと分かると、あからさまに声のテンションを落とした。私は話を本題に進めようと、率先して訴える。
「これをつけてから、子供の悪魔が見えるようになったんですけど!」
「ほう、それは良かったよ」
「ちゃんと説明してください!」
「お嬢ちゃんは見えると思って渡したんだ。悪魔達、可愛いじゃろう?」
老婆はそう言ってにいっと笑う。その時、ローブに隠れていた目が見えた。とても優しそうなおばあちゃんの顔。目が見えただけで、悪役から主人公の仲間ポジションに早変わりだ。
ここで、私は好奇心を爆発させる。
「なんで私に悪魔を見せようと?」
「世の中の悪魔のイメージは間違っておる。せめて素質のある人だけにでも真実を知っておいて欲しくてな。こうやって全国を巡ってそう言う人を探しておるのよ」
「お婆さんは何者なんですか。魔女か何かですか?」
先輩が私達の会話に割って入る。でもその質問は当然だ。私も答えが知りたくて彼女の顔をじいっと見つめた。老婆はにしししと特徴的な笑い声を上げながら、深く被っていたローブを降ろして素顔を見せる。
顔に深く刻まれたシワは老婆のそれ。髪の毛は見事な白髪で、その顔によく似合っていた。目の色は青くて、肌は透き通るように白い。多分日本人ではないのだろう。
「私はジェシカ。ジェシカ・ヨーホゥ。察しの通りの魔女じゃ。歳は200を超えたところかの。この国には13年前にやってきた。これでいいかい?」
「え? マジで魔女?」
「驚いたかの? にししし」
「ジェシカさん!」
本名が分かったところで、先輩が彼女にズイッと顔を近付ける。この突然の行動に私は目を丸くした。当のジェシカ婆さんも戸惑っているようだ。
「あの、僕にも悪魔が見えるようにしてください!」
「それは無理じゃ。生まれつきの素質がない者はどうやっても悪魔は見えん」
「そんなァァァ……」
自分の希望が呆気なく却下された事に、彼はかなり深刻に落胆する。そう言えば、先輩って霊能力とかないんだった。力がないからこそ、見たかったんだろうなぁ。彼がジェシカ婆さんに会いたかった本当の理由も分かり、私も何とか慰めの言葉をかけようと口を開く。
けれど、口は開いたものの適切な言葉が何も思い浮かばず、微妙な空気がこの場を漂っていった。
「で、お嬢ちゃん」
「私の名前は岡田ちえりです。こっちの先輩の名前は緒方信一郎って言います」
「何だい突然」
「ジェシカさんだけ自己紹介ってのも悪いと思って」
ジェシカ婆さんは、私達の顔を見てまたにししと笑う。何度もその顔を見ていたら段々可愛く思えてきた。彼女の話が本当かどうかは分からない。ただ、悪魔が見えるペンダントは本物だった。だから、信じてもいいのかも知れない。
私が1人で勝手に納得していると、ジェシカ婆さんが優しい笑顔を浮かべる。
「ちえりちゃんは悪魔が見えるのはイヤかい? 私に返してくれてもいいんだよ」
「いえ。これ、気に入ったんで持ってます。悪魔も見えるだけで何かをしてくる訳でもないし。私は見えるようになった理由が知りたかっただけなので」
「そうかい。じゃあ、大事にしておくれよ」
こうして用事も済み、私達は現場解散した。まだショックを引きずっている先輩はものすごい重い足取りでトボトボと帰っていく。そんな彼の背中を何となく眺めていると、彼氏をあのまま帰してもいいのかいと言うジェシカ婆さんの声が飛んできた。
私はそんな外野の声に惑わされる事なく体の向きを変えると、そのまま自宅へのルートを歩き始めたのだった。
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