第2話 オカルト研究部
一体私に何が起こってしまったのか。その謎を知るためにアマゾンの奥地に――は飛ばないけど、ある意味、そんな秘境へと私は足を踏み入れていた。
高校の旧校舎には少子化で使われなくなった空き教室がいくつもあって、そのいくつかは怪しげな部活の部室に使われている。
「ここか……」
怪しげな部活の中でも一番怪しげな奥の奥の部室。教室の前には部活名が書かれていないので、入ってみないとその正体は分からない。私もこの部活は噂でしか知らないのだ。
鍵が空いていなければ引き返そう。本来、私はこんな場所にいるべき人間ではないのだ。
「おじゃましま……」
引き戸に力を入れると、ガッチリと固定されている。まだ教室は使われていないようだ。安心したと言うか、ちょっと残念と言うか……。私は引き戸から手を離して深呼吸をする。
そうして振り返ると、背の高い眼鏡の先輩? が私の目の前に立っていた。
「えっと、オカルト研究部に何か用かな?」
「あ……はい……」
「ちょうど良かった。廊下で立ち話も何だから、まぁ入ってよ」
彼は鍵を開けて部室へと入っていく。流れで私も後に続いた。オカルト研究部――世の中の不思議を探究する部活。大抵の創作物では教室内を怪しげな装飾で飾り立てていて、常に儀式をしている風な演出がなされている。
ご多分に漏れず、私もそんなイメージを頭の中に描いていた。
「あれ?」
「意外に普通で驚いた? 見ての通りこの部室にはその手の本は並んでいるけど、それだけだよ。そもそも、僕には霊感も何もないからね」
そう、教室の中は本当に普通の空き教室でしかなかった。壁際に本棚がひとつあって、そこにはびっしりと本が並んではいたけれど……それだけ。怪しげな呪いのグッズだとか大きな水晶玉とか、それっぽいものは何もなかった。
私が拍子抜けしていると、先輩は椅子に座って私にも座るように手招きする。
「まずは自己紹介しようか。僕は緒方信一郎。2年生だ。一応部長になるのかな」
「あの、岡田ちえりです。1年生です」
「じゃあ岡田さん、今日はどうしてここに? 入部希望かな?」
この時の先輩の眼鏡越しの目がマジだったので、私はすぐに顔を何度も左右に振る。それから、改めて今の状況がかなりマズい状況だと言う事に気が付いた。広い教室に思春期の男女が2人きりなのだ。
この部室は本校舎からも一番離れている。騒いでもきっと声は先生達に届かない。監視されない自由と引き換えに、悪意のある行為だってやろうと思えば――。
「えと、他に部員は……」
「残念ながら、僕1人なんだよ。折角立ち上げた部活もこのままじゃ僕の代で終わってしまう」
「こ、顧問の先生は?」
「藤原先生だよ。まぁ2年の先生だから知らないよね。部活を立ち上げてから一度も教室に顔を出した事はないんだ。あはは」
本格的にヤバい。一応目の前にいる先輩は草食系と言うか、女子より他に興味のあるものがある感じで私をいやらしい目で見てはいない。ただ、それもいつまで持つか分からない。
先輩が野獣モードになる前に話を進めてしまおうと、私はペンダントを彼に見せる。
「それは?」
「これ、商店街で謎のお婆さんに買わされたんですけど、つけるようになって悪魔が見えるようになったんです」
「ちょっと見ていい?」
私は興味津々で目が輝き出した先輩にペンダントを渡す。彼は様々な角度から観察をし始めた。オカ研を創立するくらいだからきっとこう言うのにも詳しいのだろう。私はペンダントを手に入れた経緯を話しながら、望んだ答えが返ってくるのを待った。
5分経ち、10分経ち――それでも先輩はまだペンダントについている紫色の石を眺め続けている。調べている方は夢中でも、待つ方は暇になるってものだ。
「あの、いいですか?」
「何だい?」
「この部活、よく1人しかいないのに、しかも実績もないのに認められましたね」
「熱意が通じたのかな。この学校はそう言う所がいいよな」
そう言えば、この高校にはたくさんの謎の部活があった。聞いた事もない競技の運動部や趣味丸出しの文化部、運動部なのか文化部なのかよく分からない部――。この高校の校風がそう言うのを生み出していたのだ。
「実績がないから活動費は出ないけど、お金を使う部活じゃないから問題ないんだよ」
先輩によると、後ろの本棚も並んでいる本も先輩個人のもの。普段の部活もここでオカルト本を読んでいるだけらしい。どう言う部活だよ。
「部を作ったら仲間が見つかると思ったんだよね。でも誰も入ってくれないんだ。こう言う話題が好きなやつ、クラスに10人はいるだろ?」
「いや知りませんけど。私もあんまり興味はないですけど」
勧誘される前に先手を打つ。態度をハッキリさせないと入部に持ち込まれそうな雰囲気だったからだ。先輩、容姿は普通なんだけど、パッとしないと言うかあんまり意識するようなアレではない。だから普通に接する事が出来るんだけど。
ペンダントを渡して30分後、思う存分に観察した彼はようやく私の顔を見る。
「これ、僕が身につけても悪魔が見えるようになるのかな?」
「分かりません。ただ、つけたらすぐに見えると言うものでもないですよ。そこに悪魔がいないと。私も一日に一匹見るかどうかですし」
「じゃあ今日一日貸してくれないかな。大事にするから」
先輩の純粋な眼鏡越しの視線を信じて、私はペンダントを預ける事にした。その時の彼は、お気に入りの玩具を手にした子供のような純粋な笑顔を見せる。年上だけど、すごく可愛く見えた。
用事も終わったので、私は椅子を引いて立ち上がる。
「もう出ていくのかい? この手のアイテムの話とかしたいんだけど」
「そう言うのはいいです。明日、悪魔が見えたかどうか教えてくださいね」
オカルト沼に引き込もうとしている先輩に、私は感情のこもっていない作り笑顔を見せてペコリと頭を下げた。そのまま彼を置き去りにして、私はすぐに教室を出る。
予想通り、帰宅途中で私の目が悪魔を視認する事はなかった。赤く染まる空を眺めながら、私はさっきのオカ研部室でのやり取りを思い出す。
「先輩は悪魔見えるのかな? 霊感ないらしいけど……」
翌日の放課後、私は再びオカ研の部室に顔を出した。今日は先に先輩が来ていたので、呆気なく扉が開く。入ってきた私に気付いた先輩は、いきなり悲しそうな顔で見つめてきた。
「岡田さん、残念な知らせだ」
「ちょ、まさかペンダントをなくしたんですか? それとも壊した?」
「見えなかった……僕には悪魔が見えなかったよ」
最悪な想定までした私はほっと胸をなでおろす。返してもらったペンダントを首につけていると、彼は机に両肘をついてゲンドウポーズをしながら話し始めた。
「岡田さんはそのペンダントを処分したい訳じゃないんだよね」
「私は悪魔が見える理由を知りたかっただけです。だって怖いじゃないですか」
「じゃあやはり、持ち主に聞くのが一番だよ」
「そりゃまぁ、そうですけど……」
こう言う謎アイテムを手渡してきた怪しげな存在とは、二度と会えないと言うのが物語のお約束だ。だから全く乗り気じゃなかったものの、先輩の圧が強かったのでそのまま押し切られてしまう。
まぁ一度捜して見当たらなかったらあきらめてくれるだろうと、私達は部室を出て商店街へと向かったのだった。
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