ハロウィンは悪魔達の観光ツアーの日

にゃべ♪

第1話 押し売り婆さん

 私は陸上に賭けていた。足の速さだけが取り柄だった私は、その実力を買われて推薦で高校に入学したのだ。しかし、夢も希望もあった高校生活はわずか半年で絶望色に染まる。


「え?」

「普通の生活は問題ない。でも、もう競技で走るのはオススメしないよ。どれだけ頑張っても、もう今までのような記録は出せないからね」


 それは死刑宣告に等しかった。頑張って自分を酷使して得た結果が、選手生命の終了だなんて。練習中に痛めた足がもう陸上を続けられないと悲鳴を上げたのだ。勿論、走れなくても部に残る事は出来る。マネージャーとして他の選手のサポート。それだって大事な役割だ。

 けれど、もう嫌になってしまった。走れないのに、走りたいのに、走っている人達を応援する事しか出来ないだなんて。


 私は部活を辞めた。未練も何もなかった。ただ、放課後はポッカリと穴が空いてしまって、それを埋める事が出来なかった。


「暇だなー」


 高校に入学してからずっと部活一本だったので、私には部活関係以外の友達がいない。部活に打ち込めている内はそれで良かったけれど、辞めてしまえばクラス内ボッチだ。1人と言うのは悪い事ばかりじゃない。全てを自分で決められると言う事は、自由と言う事でもある。

 ただし、話し相手がいないと言うのはやはり淋しいものだ。友達は多くはいらないけれど、せめて1人はいるべきだろう。


 自由で孤独な私は特に趣味的なものもなく、だからと言ってまっすぐ家に帰る気にもなれず――本能の赴くままに商店街を歩いていた。子供の頃から通い慣れた地元の商店街は、この御時世でシャッターの降りた景色が続く。郊外に大きなショッピングモールが出来た事が過疎化を加速させていた。


「ここも淋しくなったなぁ。あっ、おもちゃ屋さんが潰れてる。昔よく行ってたのにな……」


 記憶に残る賑やかな商店街も、一度閉店してしまえばどんどん忘れてしまう。そんな自分の記憶力が悲しくて仕方がなかった。ずっと覚えていたいのに、店が潰れて解体されて更地になるともう思い出す事すら出来なくなってしまう。


「ここも確か前はお店があったはずだよなあ……」


 地元の商店街もまた、いくつかの区画がそう言う理由で更地になってしまっていた。虫食い商店街はいつしか全てが更地になってしまうのだろうか。そうなってしまったら、きっとここが商店街だった事も忘れてしまうんだ。


「そんなのヤだな……」


 暇に任せて地元の商店街をじっくり観察していた時、私の目に怪しげな老婆の姿が飛び込んでくる。露天商だろうか。彼女の前に敷かれた紫色の敷物の上には、いくつかのアクセサリーが並んでいる。暇だった私はそこに吸い寄せられていった。


「こう言うの、高いんですか?」

「お嬢ちゃん、いい目をしているね。もっとこっちにおいで」


 物語でよく出てくる悪役の魔女のような雰囲気の老婆はフードを深く被っていて、その目を隠しているように見えた。目が判別出来ないと言う事は、何を考えているのか読めないと言う事だ。

 普段ならこんな状況になったら危険を感じて逃げていただろう。けれど、今の私は老婆の声に従って彼女の目前にまで移動していた。


「これでいい?」

「ああ、お嬢ちゃんにならこれが似合うはずじゃ」


 老婆は、私の首に紫色の可愛らしいペンダントをかけてくれた。この突然のサプライズに思わず私の心は踊る。


「かわいい! 有難う!」

「580円」

「え?」

「580円! 破格じゃろう? お嬢ちゃんにも払える額じゃ」


 プレゼントかと思ったら押し売りだった。こんな悪徳商売、いつもだったらすぐに返却するものの、値段的には安かったしすごく気に入ってしまったので、素直にお金を払ってしまった。


「毎度あり~。良かったらここにあるアクセサリーも如何かの? お安くするよ」

「もう買いません!」


 これ以上何か買わされてはたまらない。私はすぐに老婆の元を去った。帰りに買い食いしようと思っていた予算がペンダントに変わったので、ムカついた私はそのまま最短ルートで家に帰る。


 その帰りの道中で、私は不思議な生物を見かけてしまった。背格好は5~6歳くらいの幼児のそれで、頭には触覚が生えていて、背中には小さなコウモリっぽい羽が生えていて、おまけにおしりの辺りには短めの可愛いしっぽまで――。


「ええっ?」


 私がびっくりしたと同時にその生き物もびっくり顔で振り返り、私達は目が合ってしまう。次の瞬間、その生き物はものすごい速さで飛び去ってしまった。

 それがあまりにも短時間の出来事だったので、私は自分の見たものをにわかには信じられなかった。


「まさか……ね」


 その日は幻を見たのだと自分を納得させたものの、翌日以降も可愛らしい子供の悪魔を目にするようになってしまう。頻度もそんなに多くなくて、すぐに逃げられてしまうので実害は全然ない。ただ、何故急にそんな事になってしまったのかが分からないと言うのは気持ちが悪かった。

 その理由を求めた私は、学校にそう言うのを専門に扱う部活がある事を思い出したのだった。

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