僕と彼女は

 当然ながらサラは混乱していた。身をよじって起きようとするが僕は全身の体重をかけて彼女に跨っているので全く問題はない。ウエストポーチからロープを取り出して手早く手首足首を拘束した。暴れようとするサラに、宥めるように言った。


「まだ一つだけ、地球も救いつつ僕の希望を叶えられる方法があるよね」


 ここで君を殺す。初めて口に出した言葉は意外と良い響きだった。僕は上からサラを覗き込んだ。


「分かっておいて欲しいけど、死にたくないからとか、地球を守るとか、そういう最もらしい理由は持ってないよ。君の体を見た時から、これは自分の手でもっと奥まで見ないとって決めていたんだ」


 フォールディングナイフを取り出してちらつかせた。サラは抵抗をやめて黙って僕が全てを話すのを待っている。この、尋常ではあり得ない落ち着いた反応も僕にとって嬉しかった。正直、言動が人間らしい彼女には体以外惹かれるものが無く、何が心に引っかかっているのか疑問に思うところがあった。だが今は分かる。僕の直感は間違っていなかった。で宇宙人を解剖出来る。


「だから君の価値観でイエスかノーしか選べないっていうのは嫌だな。僕ははじめから僕の選択する方へ行動してきたつもりだから」

「…つまり私も体を全て暴かれた後に、この山であの動物たちの横に埋葬してくれると?あれはイツキがやったことでしょう」


 サラが言った。ああ、そこまで知っていたのか。てっきりUFOの周りでしか過ごしていないと思っていたが、かなり深いところまで散策していたようだ。これは説明しなくて楽でいいや、と笑った。


「他の人間を知らないけれど、推測するとイツキみたいなのは地球ではイレギュラーでしょうね。そういうところを隠してたみたいだけど、何となくシンパシーを感じていたの」


 つまり僕の本質も地球人ではないと言いたいらしい。鼻で笑いとばした。


「僕が一人みんなと違うのか、他の人間が僕と違うのか、どちらか答えを出す必要なんて無いよ。ああでも、本当に痛覚が無いのか試したいし頭部は最後に見るから、それまでに考えておいてよ」


 そう言って跨ったまま胸元を押さえ、刃先を真下に向け、この異星人の白い喉元に突き刺そうとした—————が。 




 振り下ろした瞬間、目に見えない壁があるかのようにナイフは弾かれ、落ち着くべき場所に行けなかったそれは勢いをそのままにして僕の手をすり抜け、一メートル先にポトンと落ちてしまった。…いや、壁ではない。そっと押さえていた方の手をサラの首に持っていった。まるで鋼のような硬さがあった。血の気が引いた。器はただの人間であるはずだが。


「うふ」


 堪えきれずに漏らしたような笑い声がした。と思ったらサラの手首を堅く拘束していたロープが、彼女が少し引っ張ると横に裂けて千切れた。首を捻って後ろを見てみると、足首の縄も同様になっていた。慌てて体を戻した次の瞬間にはいとも簡単に体を引き倒され上に乗られていた。両手首と首ををそれぞれの手で掴まれ固定されたが、動かそうとしてもびくともしない。サラは今までで一番の笑顔で僕を見ていた。いつかのように青い瞳に覗き込まれていた。


「前に言ったよね?細胞が書き変わるんだって。強度も元のじゃなくて自由に変えられるよ。想像力が足りなかったね」

「…」

「でも本当に良かった!帰る前にイツキの本音が聞けて」


 もはやサラの声は聞こえているようで脳まで届かなかった。…どこから想定を見誤った?この後の展開すら見えず、目の前が暗くなった。気付くと、知らぬ間に唇を噛んでいたのか、口の中に鉄の味が広がっていた。


「イツキは、地球がどうなっても構わないのね。なら、ここを私たちが侵略しても良いでしょう」

「それと、別のアプローチでもイツキの『宇宙人の構造を知りたい』願いは叶えられるわ」


『家族』ではなく、乗っ取られる側になれば良い。美少女の皮を被った宇宙人は平然と言った。


「そうすれば、臓器が抜かれる瞬間も見れるし、自分の体だから変化を実感できるよ。死ぬ直前までね」


 そして、たった今素晴らしいことを思いついたと恍惚とした笑みを浮かべた。


「その後は私がイツキになるわ」


 だって、こんなに中身まで理想的な宇宙人わたしたちらしい器、いないじゃない。ずっと二人で一つ。助け合うオトモダチ。


 言いながらサラは両手を首に回した。徐々に圧迫を強めているのが分かった。呼吸が苦しくなる。意識が遠のいていく。ぼんやりとした僕の視界の中にはサラと、夜明けの澄んだ空しか見えなかった。


「最期に言っておくと、今の器ははじめに着陸した村で一番若い体を生きたままバラしたものだよ。死んでから乗っ取るとどこかしら損傷や腐敗が進んでいるから、私たちはみんな生きた生物しか選ばないの」

 

 話が以前聞いていたのと違う。だから『安心して』と…。

 乾いた笑いが喉から漏れ出た。僕たちは初めからお互いの茶番の範疇で宇宙人と地球人の奇跡的な遭遇を演じていたわけだ。だが地球で少し異端なだけでは本物の宇宙人に敵わないのか。しかし死ぬだけならまだしも傀儡になりたくはない。僕は自由になった手でジーンズのポケットを探した。もう一つの折り畳みナイフを感触で探りあてて取り出し、尻の下に隠しながら握りしめた。…これ以上は思考出来そうにない。だがあと一言だけ。


「会えて嬉しかった」


 嘘じゃない。


 僕は、右手を掲げ、自分の頭に向けて振り下ろした。

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