夕焼け
かくして、母星に帰れなくなった不憫な宇宙人少女のために、僕は夏休み返上で修理を手伝うことになった。手伝いと言っても本体の作業はサラが全てやるので、僕は工具を家から持ってきたり小さくて取るに足らないような部品の組み立てをしたりして、手が空いたら彼女の隣で話相手になっていた。
彼女にたくさん質問した。——今更ながら『彼女』で良いのだろうか。器は女性で間違いないのだが、宇宙人に性別が果たしてあるのだろうか。この答えはノーだった。サラ達は乗り移る相手の性別を選ばないし、当人達には雌雄の区別は無いそうだ。
サラ達の住む星の話。彼女が乗って来たUFOのような最先端の科学技術が応用された街。地球のような貧富も、飢餓も災害も無い。寿命を全うするのが当たり前な世界。話だけ聞くと素晴らしい惑星だが、なるほどそれだけ科学が発達していればエネルギー源も枯渇してくるのだろう。彼女の任務に合点がいった。
他にももっと多くの事を知りたかったが、彼女は僕以上に異星に、というより僕の生活に興味深々だった。僕は聞かれるがままに自分の退屈な日常を話して聞かせた。学校があること。「皆さんでこの学校をより良くしていきましょう」が口癖の女教師のこと。決まった時間に決まった事をすること。群れる奴。群れから弾かれる奴。遠目に見ている奴。
僕は終始つまらない話をしているつもりだったが、彼女は頷きを交えて真剣に聞いていた。特に僕の担任の話にはいたく感動していた。
「私たちの星もね、『皆んなで自分たちの星をより良くする』が合言葉なの。だから争いなんて起きないの」
「へぇ…その言葉ひとつで皆んなで一つの目標に向かって生きていけるんだね。地球人なら地球が滅亡の危機にでも立たなきゃ無理だろうね」
僕の皮肉に、彼女は澄んだ瞳でこう返した。
「だって、私たちは皆んなが家族だもの。家族の住む環境を整えたいのは当たり前だよ」
くだらない話、面白い話、真面目な話…。あっという間に10日が過ぎた。あらかた修理が終わり、はじめは煙を上げてボロボロだった円盤も、美しいフォルムになっていた。サラはUFOの側面を撫でながら言った。
「明日には充電も終わって、向こうと連絡が着くようになる。エンジンの復旧も終わったし…」
「明日には出発出来るんだね」
彼女はゆっくり伏し目がちに頷いた。その様子が、僕の思い上がりでなければ、寂しそうに見えた。言わずとも別れが近いのは感じられた。僕は、今までずっと気になっていた事を、この10日間で聞けなかった事をはじめて口にした。
「…あのさ、ひとついいかな」
「何?」
「君のその体はさ、地球人を乗っ取ってる訳でしょう?その子と、乗り移る前に話はしたの?」
ううん、と首を横に振った。
「この子は私を見たことすらないよ」
「視察で目的地を目指す前に、とりあえず地球人に紛れられる体が欲しくて探していたの。大陸の隅にある国の田舎町でその日死んだのがこの子で、保存状態も良かったから、これにしようって臓器を全部抜いて…。私たち、生きているものには寄生出来ないから」
「そうか…」
語尾が小さくなった。実を言うと宇宙人は無差別に生きてる人間を殺して体を自分のものにしているのかとかも想像していたので、と言うと大笑いされた。
「私たちを何だと思ってるのよ、もう1週間以上見て分かるでしょう?感覚はあなたたちと近いと思うから安心してよ」
何をそんなに安心してほしいのか分からなかったが、二人でこうやって夕日を見ながら他愛の無い話(とんでもなくSFなものだが)をしていると、自然と心が凪いで落ち着いた。良い心地だった。風がそよそよ吹いて、世界には僕と、横に三角座りしているサラしかいなかった。ちょっぴり躊躇いながら彼女は告白した。
「ほんとはね、一応一度星へ帰るまでは物資の補給とか以外で必要以上に異星人と関わってはいけないの。情が移ったり、怖い目に遭うリスクもあるから」
だから僕と出会ってしまった時に一瞬どう対応すべきか迷ったそうだ。でも、あの時に手を差し伸べて良かったと微笑む。
「私、はじめに着陸した村では地球人を遠目に観察していただけだから、イツキと会った時怖かったの。接触を禁止されてたから余計にね。でも、判断を間違えてはいなかった。イツキのおかげで予定より早く帰れそうだしね。それに…」
すごく楽しかったよ。この10日間は。
ちょうど強めの風が吹いて、長い金色の髪がサラの顔を隠した。
「…ついに帰れるんだね。君の星に」
僕は
彼女は立ち上がって砂を払った。
「うん。でも、出発の時、会いに来てくれるよね」
「もちろん」
ありがとう、と彼女は優しく微笑んだ。僕の頭には宇宙人だとか地球人だとかそういった何かを定義するような単語は浮かばなかった。ただ、ここにサラと僕がいて、夕日がゆっくりと周りをオレンジに染めながら沈んでいく。
「じゃあ、明日の朝4時に来て」
去り際、サラは僕の耳元で小さく囁いた。髪が僕の頬を撫でていった。もう彼女はどこかへ行ってしまったのに、まだ少し良い匂いがした。
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