証明

 僕は元々SFが好きだ。オタクではないが、小さい頃は真剣にUFOを呼んでみたり、未確認飛行物体の動画を調べて宇宙人の体内構造を想像したりして自分の空想を広げていたものだ。実在するわけがないし、ただの好奇心の延長だったのでとっくに冷めていたが、自称宇宙人の女の子と円盤に、僕は心を掴まれかけていた。友達になれば知りたい事を教えると言う。僕は頷いた。


「いいよ、オトモダチになろう」


 少女は嬉しそうに頷き返した。


「やったあ!異星でオトモダチができるなんて!地球にはこんなに優しい生物がいるのね!」


 かなりオーバーなリアクションに苦笑してしまった。しかし宇宙人だという割には新たな生物や土地に対しての警戒心が無さすぎではないだろうか。


「あなたの名前は?」

「イツキ」


 イツキ、いつき。

 その三文字を口の中でしばらく弄んでいた自称宇宙人は、はっとしたようにこちらを見た。


「イツキ、私はなんて呼ばれれば良いの?」

「君には名前が無いの?」


 ううん、と首を横に振った。


「kyrんS」

「え?」

「それが私の名前。母星での発音。」


 どうやらこちらの音では表し難いらしい。僕に分かりやすい呼び名を付けてほしいと言った。僕はあまり悠長に考える必要も暇も無かったので、サラが良い、と提案した。ヨーロッパの辺りの人の容姿に思えたのと、サラサラの金髪が何となく頭に浮かんだからという何とも安直な理由だったが、少女もといサラはかなり気に入ったようだった。サラ、サラ、と何度も歌うように繰り返している。


 浮かれたような彼女をよそに、ところで、と僕は一番重要な質問をした。


「本当に君が宇宙人だという証拠は?」

「…分かった。約束したもんね」


 そう言ってサラはいきなり着ていた服をガバッとたくし上げた。勢いが良すぎて胸まで見えそうだった。


「ああ、ここまで上げちゃいけないんだったね」


 そう言って彼女はもう一度、肋骨の下まで服を上げ、腹を見せた。そこの中央にはうっすらとだが一直線に縫合した痕があった。僕がそれを認めると、サラはその縫い跡をすっと指でなぞった。


 すると、まるで刃物を使ったように腹が裂けた。僕は声にならない悲鳴を上げた。思わず後ずさって逃げようとしたが、手首を掴んで戻された。


「大丈夫だから、見て」


 首をゆっくりと前に回して見てみると、サラから血は一滴も出ていなかった。ただ、ぽっかり空いた腹の中には、骨があるのみで、内臓が一つも入っていなかった。


 言葉が出てこなかった。サラのに僕は思わず手を入れたが、虚空を掴むだけで本当にただ暗い穴と白い骨組みがあるのみだった。


「ね、地球人じゃないでしょう」


 そう言った彼女は腹を閉じ、今度は逆向きに指で切断したところをなぞると、身体は何事もなかったかのように元通りになった。僕は自分の体験に頭が追いついていないのを感じていた。だが幻覚でも何でもなく、あの空洞が確かに存在したのは事実だ。


「…詳しく教えてよ」


 少し掠れた声で聞いた。


「信じてくれるんだね」


 サラは嬉しそうに言った。


「いや、君が人間でないことは分かった。だから、君の…君たちの?生態を教えてくれないかな。宇宙人だとすると、星があって、同じような仲間がいるんだろう?」


 うー、まだ根拠が要る?と、全く口では説明していない少女のような生物は頬を膨らませて長い髪の右側を逆の手でいじった。少しドキッとした。何ら人間と変わらない容姿だし、仕草もごく自然だ。いや、寧ろ僕の周りの女子より断然魅力的だ。どこが?見た目が美しいのはもちろんだが、僕が引っかかるのはそこなのだろうか?


「聞いてる?君が聞いたんだから、私の説明ちゃんと一回で理解してね」


 現実に引き戻された。少女は、真面目に話し始めた。



 まず、私はで生まれた訳じゃない。命がなくなった器を借りるの。本体はここ(頭を指差した)。脳みそ。だからどれだけ他の部位を損傷しても死なない。内臓が無いのもそういうこと。脳と言っても人間のそれとは構造が違うから、痛覚も無い。あとヒトと違うのは、これは細かく説明しても難しいと思うけど、さっきお腹を切ったやつね。レーザーが出ると思ってくれて構わないよ。乗り移った時点で細胞を書き換えてしまうんだけど、これもまた伝えようと思うと難解な話だからそこら辺の根拠は想像して。

 どうして私が異星を探してここに辿り着いたか?地球を選んだのはたまたまだよ。生命反応がある——。つまり私たちも生きていける環境だとレーダーが示したから向かったんだけど、目的の場所に着く前にエンジントラブルが起きて、本来予定していなかったけどここが広くて近かったから緊急着陸しただけ。

 だから、私に与えられた任務は実際にこの目で異星の生物を見て、資源の質と生活環境が安定していそうだったら視察結果を一旦母星に持ち帰るという簡単なミッションだったんだけど、これ(UFOを叩いた)が故障しちゃったから帰るに帰れない…ってこと。


 そこまで言って、サラはこちらを少し上目遣いで見つめてきた。本当にこの宇宙人はどこまで擬態が上手いんだろう。


「視察予定期間は決まっているから、なるべく早く連絡がつかないとみんなに心配させてしまう。だから、早く星に帰るために、あなたにも修理を手伝ってもらいたいの」

「地球では、オトモダチは相手を助けてくれるのでしょう?」


 少し考えて僕は頷いた。ここまで具体的に聞いてしまえば、サラが宇宙人などではないなどと疑う余地は無かった。彼女が嘘をつくメリットも考えられない。僕は宇宙人を信じたこの時から、サラの話の、この世界の、どこまでが本当でどこからが虚構フィクションなのかなどという境界線をどこに引けば良いのか全く分からなくなった。


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