「耳をふさげ」②
夢に見るのは、熱を出して動けない自分を助けてくれた大学生たちの顔。
『薬を探しに二人で街に行ってくる。お前は、そいつの面倒をみてくれ』
『気を付けてね。イヤーカフを狙う強盗団とかが居るかも』
『そんときゃ逃げるよ。こいつもオレも、逃げ足は速いからな』
『おい、ふんばれよ。絶対、助けてやる』
リーダーだった人と不良っぽい人が街に行って、バンドマンっぽい女の人が看病してくれた。彼ら三人は樹海を目指していたが、熱を出して仲間に置いて行かれた自分を見つけて、わざわざ立ち止まって助けてくれた。
自分と会話する時は筆談で、仲間内では手話で会話していた。手話は自分も看病してくれた女の人に習った。
リーダーだった人が薬を持って戻ってきた。しかし、もう一人が居ない。
女の人とリーダーの人が揉めている。
『強盗団に捕まった。オレが助けに行ってくる』
『危険だよ、私も行く』
『ダメだ! こいつを守ってくれ』
リーダーの人が自分の所にやってきて、彼のイヤーカフを置いて言葉を口にしてくれた。
『こいつをやる。オレを助けてくれた人から引き継いだもんだ。お前に必要になる。治ったら、富士の樹海を目指せ。オレらも後から行くつもりだからよ、そん時返せよ』
彼は笑っていた。
自分の体調が回復した頃、女の人が帰ってこない仲間二人を探しに行くと言い出した。
『私、行くね。あいつら、私が居ないと駄目だからさ。……ねえ、キミ。生き残って。そのイヤーカフ、楽園に届けてね』
自分の命の恩人たちは、帰ってこなかった。
自分は託されたイヤーカフと共に、楽園に生きて辿り着くと誓った。絶対に死ねない。
――――
山を下る途中、進行ルートに大木が横たわっていて、どうしても国道を通らなければならなくなった。危険な選択だが、他に道が無い。
木に身体を預けて、山の傾斜から国道の様子を伺う。
道路上は事故でぐちゃぐちゃで車が五台も放置されている。どの車も内側に血の飛沫が付いていた。一体、怪音波を聞いたら『何に』襲われるというのか。
いやいや、余計なことは考えるな。まずはここを突破することだけ考えろ。カーラジは死んでいるだろう。事件当初の死体は問題ないが、自分のような生き残りの死体があったなら大変だ。生き残りはジガの放送を聞くためにラジオを持っているのだから。
イヤーカフがズレないように紐で固定してから慎重に道路に降りる。道の先にも死体はない。
少し胸をなでおろす。状況は悪くない。このまま死体のラジオとカーラジに気を付けながら進もう。
そう思っていた矢先だ。
突如、自分の腰に誰かが抱き着いてきた。
慌てて視線を落とすと、可愛らしい水色の猫モチーフの帽子を被った女の子が自分の腰に顔を埋めていた。
意味が分からず引き剥がそうとするが、女の子の力は強くてぎゅっとくっついている。
何だ、この子は⁉ どうしてこんな所に子供が。親は? いや、待て待て。おい、おいおい!
女の子はイヤーカフをしていない。
急いで女の子の耳を手で塞ぐ。すると、固い感触がある。どうやら、耳栓をしているようだ。なんだ、耳栓があるのか。良かった。
こっちが一人で安心していると、女の子が見上げて自分の顔を覗き込んでいた。その目と視線がかち合う。
女の子がパクパクと口を動かす。何かを喋っているようだ。もしかして、自分が音が聞こえていないって気付いてない?
手話でコミュニケーションを図るが女の子はむくれっ面になるばかり。手話を知らないようだ。
こっちが困り果てていると、女の子が自分の手を握ってどこかに連れて行こうとする。首を振って拒否しても離してくれそうにないので仕方なくついていった。
自分と同年代だと思われる男子高校生が死んでいた。女の子の兄だと思われる。身体に獣の爪のような傷痕があり、顔の穴という穴から血が噴き出していた。
女の子はずっと自分の手を握っている。様子を伺いがてら下を見ると、手で顔を擦りながら泣いていた。
――――
女の子と旅をするようになって数日が経った。大変な旅になってしまった。
女の子――夜に話すと、七歳で名前はアンだと教えてくれた――は手話を知らなかったので、二人だけの簡単なサインを作って、それで昼間は意思疎通を図っている。
グーは止まれ、チョキは安全、パーは進め。とりあえず、これだけ。たったこれだけでも、作る前よりはだいぶ安全かつ順調に進めるようになった。
あと、夜の憩いの時間も消し飛んだ。ジガの放送に集中しようにも、一日のストレスを発散するかの如くアンが喋りまくるので、ジガのイイ声を聞くことさえままならない。個人的な妄想タイムもなくなった。
自分の方がストレスでたまったもんじゃない。だが、見捨てていくのも気分が悪いし、アンの事情を聞いてしまった。今更、突き放すような真似は自分には出来ない。
怪音波事件が起きた時、兄妹は親戚の家に居た。
兄はことの異常さにすぐに対応し、アンを最優先で守った。アンも大好きな兄の言うことを聞いて、二人で両親が居るかもしれない楽園を目指していた。アンはここまでずっと兄に連れられてきた。
アンと出会った国道に差し掛かった時。
過酷な旅に嫌気がさしていたアン。何より、夏の暑さで蒸れるイヤーカフが嫌だった。だから、アンは涼もうとしてイヤーカフを外してしまった。
そして、その拍子にイヤーカフを落としてしまい、壊れてしまった。
耳が聞こえるようになったアンはカーラジの一つから怪音波を聞いてしまった。アン曰く、『ソイツ』は長い爪を持ち蝶々のような舌を伸ばした状態で、急にアンの目の前に出現したそうだ。
恐らく、怪音波を聞いた人間を襲う『何か』は『ソイツ』なのだろう。
咄嗟に、アンの兄が自分の耳栓を外してアンの耳を塞いだ。代わりにアンの目の前で、兄は見えなくなった『ソイツ』に捕まって殺されてしまった。
アンはこれらのことを泣きもせず淡々と喋る。普段は楽しそうに喋るのに、兄の事柄だけは感情を失くしてしまう。きっと、心の許容を越えた出来事に防衛本能が働いているのだろう。
そんな事情と状況を知っていて、この子を見捨てる選択は自分にはできない。それをしてしまったら、自分を助けてくれたあの人たちに顔向けできない。
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