第2話 ナノ(n)とギガ(G)

「新型コロナウイルスの大きさは、約100ナノメーターである」と言われても(電子顕微鏡が必要な世界だから)当然その微小さは実感できない。


 ちなみに「ナノ」は〈十億分の一〉の意味である。


「ナノテクノロジー」とは〈制作者本人の十億分の一の小さなものを作る技術〉と言えよう。

 そんな技術で作り出した物質に〈カーボンナノチューブ〉がある。

 垂直に並べれば光の吸収率が増し〈ベンタブラック〉になると聞く。

 通常の黒色塗料の光吸収率(95%程度)に対して、ベンタブラックは99.965%らしい。


 さらに最近は〈究極の黒〉が完成したとの報もある。

「その吸収率は99.995%だ」と言われても、違いは微妙すぎて素人にはよくわからない。


 教科書には「物体への入射光は〈反射・吸収・透過〉という三つの行先に分かれ、これらの間にはエネルギー保存の法則が成り立ちます」とある。


 もし〈究極の黒〉に光を当てたとしても(すべて吸収されて)反射や透過はしないはず。

 これを塗料にしたら世の中は混乱するだろう。

 たとえば、自動車の塗装に使ったら……とか、丁字路の壁にトンネルの絵をかいたら……とか。

  ぬばたまのベンタブラックより黒き究極の黒はブラックホールか(医師脳)


 逆に〈十億倍〉のことを「ギガ」と表す。

「大きい!」と自分の目で感じられれば、その巨大さは理解できるし納得もいく。


 しかし歴史の時間軸のような目に見えないものだと(どれくらい大昔なのか分からず)とんでもない思い違いをしていることもある。


 この点、リチャード・ドーキンス氏の例え話がおもしろい。

『進化とは何か』より引用する。

「両腕を広げ、右手の指先を地球の誕生に左手の指先を現在とすれば、右手首から左手首くらいまではバクテリアの時代。そして恐竜は左手の平あたりで登場し、人間は左手の爪先くらいになります」――。


 地球破壊を続け「万物の霊長」などと思いあがる我ら人間に反省の一首。

  一尋(ひとひろ)を地球の歴史と見立てれば文明史とは爪先ほどなり


 20万年前に人類は誕生したらしい。

 そして飢餓に対応できた人間だけが生き延び、その遺伝子を一万世代も持ち続けた子孫たちが、飽食の現代に〈生活悪習慣病〉として苦しむのも皮肉な運命である。

  飢餓遺伝子を一万世代も受け継ぎて飽食に病む現代の皮肉


 食事にとどまらず、コミュニケーションにおいても問題を抱えている。

 かつて対面での会話しかできなかった人類は、自らが作り出した文明社会に対応できず逆にうろたえている。

  人類の一万世代にくらぶれば十世代に足るか文明社会は


 老いも若きもスマホの時代だ。


 なかには(デジタル化したライフスタイルが原因で)心の不調を訴える者も多い。

 一日中スマートフォンを手放せず、常にSNSでやり取りしていないと不安になるらしい。

 人類が作ったIT技術の進歩に、人類自身の精神的変化が追いついていけないのだ!


 コロナ禍で憂鬱な毎日――。

『猿の惑星』というSF映画を思い出す。

 宇宙飛行士が6か月間の旅を終えて帰還した場面は、何と700年後の地球だった。

 そこには(人の言葉を話し文明生活を送る)猿と(言葉もなく飼育される)人間たちがいる。


ネタばらしではあるが……。

 認知症の新薬開発に使用されていた実験用チンパンジーは、変異して人の言葉を話す子孫を増やした。

 一方で人間は(ウイルス感染症が急速に広がり)免疫系が強化された代わりに言葉を失う。

 原因不明の感染症に対応しようと戦い、あげくに人間らしさの象徴〈言葉〉を失ったとは…… 。

 SFとは言え、笑っていられない皮肉な話である。


 コロナ禍で、更に塞ぎの虫が疼く。

「地球は第二の猿の惑星。あなたのまわりは〈ヒト型サル〉だらけだ」と、奥田裕之氏は『衝撃! 人口の9割がサル』で煽る。

 きっと〈付和雷同の輩〉への警句なのだろう。


 疫病流行の際には、出所不明の情報が広がりやすい。

 更にそのデマを打ち消そうとするSNS投稿の急増なども、意図せぬ形で逆に社会を混乱させる。

「今や世界中が、COVID‐19パンデミックのみならず、そのインフォデミックにも襲われている」と、WHOはフェイク・ニュース(偽情報)の大規模拡散に注意を呼び掛けた。


 ――明けぬ夜はない。

 令和のコロナ禍も、いずれ歴史悲話として語られるのだろう。


(2022秋)

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