〈妻をみとらば〉

「妻をめとらば才たけて見目うるわしく情けあり~」と森繁久彌の節まわしが懐かしい。与謝野鉄幹が作詞した『人を恋うる歌』の風情ある歌いだしである。


 文語文法では、接続助詞「ば」の上に活用語の未然形か已然形が置かれる。

 この歌は未然形(めとらば)なので仮定の文脈「もし妻をめとるならば」になる。

 これが已然形(めとれば)なら既婚者の歌になってしまう。


「妻をめとれば」で思い出す内輪話を披露しよう。

 新米産科医の頃、電話口でドップラー聴診器を妻のお腹にあて「孫の心臓の音だよ」と青森の両親に聞かせた。

 しかしエコー検査のない時代に胎児の性別など知るすべもない。

「男だ!」と若い産科医は分娩室で我が子を取り上げ大喜びした。

 そんなことも今となっては笑い話である。


○長男の誕生日にと赤飯たく妻の後姿(うしろで)は母性そのもの


 蛇足ながら、タイトルを見て勘違いされた方に申し上げたい。

 妻は(すこぶる付きの)元気者で(二つばかり)年下だから、当然みとられるのは私のはずだ。

 その一方、妻の〈元主治医〉としては「最期まで面倒を見てやりたい」という気持ちもある。


 女性が男性より長寿であることは論を待たない。

 寿命ばかりではなく、老化や病気においても〈性差〉がある。…脳や心臓、骨、筋肉などの老化。そして認知症や心筋梗塞、骨折などにも関与するのがエストロジェンである。

 ここに注目するものを「性差医療」と呼ぶ。

 東日本大震災のあと被災地で始めた〈クィーンズクリニック〉を思い出す。


 願わくは、百寿の医者(?)をめざす覚悟で、森繫久彌をまねて歌おうじゃないか。妻には聞こえぬよう小声で…。

「妻をみとらば我家にて、春らんまんの庭ながめ~」と。

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