〈吾輩の情報化元年〉

 産科医だったころは、枕元にケータイ電話を置くのが習慣だった。それ以来の条件反射で、着信ベルが鳴ると日中と言えどもビクッとする。

 電話をかけるのは嫌いじゃないが、かかってくるのは未だにストレスだ。


  3Gサービス終了を潮時にケータイ無用の気儘もとめむ(医師脳)


 ひと月前はこんな短歌も詠んでいたのだが、結局は……。


  色違ひのスマホを持ちて妻とわれ新規設定に休日つひやす


 そして「夫唱婦随」ならぬ「婦唱夫随」とばかり、アマゾンで色違いのケースまで購入してしまった。これこそ夫婦円満の秘訣!


  老境は須(すべか)らく妻に従ふべくスマホ買ひケースもそろへて候


 スマホを使って驚くのは、その音声入力の速さと正確さだ。エッセイの下書きなら口述筆記が十分楽しめる。


  「執筆を!」とスマートフォンに語りかけ安楽椅子にてエッセイを草す


  随筆も安楽椅子に身を沈めスマホに語りて草し終(を)ふなり


 パソコンで検索したりスマホに尋ねたり、もはやインターネットのない生活は考えられない。古希をはるかに過ぎた身にとって、薄れる記憶を辿る外付けメモリーだから……。


 ネット検索で、思わぬモノがヒット!

「どっかで見たことがある」と思いながら読み進む。

「白い巨塔での生活に嫌気がさし、第二の人生を目指して45歳で国立病院へトラバーユ。必要に迫られてパソコンを始めた」と、ここまで読んでから、自分が作った昔のホームページだと気づいた。

「これまでMac LC630を使っていたが、今度は高速のPower Mac 8500/180 32/2000/8xcdにしたい。平成7年度青森県医師会学術奨励賞の副賞は、この購入頭金にさせていただく。御推挙いただいた先輩方に、改めて心からの謝意を捧げる」――。1994年のことだ。


     *


 私にとっての〈情報化元年〉とは、モデムの「ピロピロ」音で接続時間を気にしながらのインターネット黎明期だった。

 メールを打ち終えてからモデムを接続し、送信し終えたら即切断する。万一の切り忘れにそなえて、自動的に接続が終了するようタイマー設定した。


 続いて手を出したのが、ホームページの作成。教えてくれる人もいない状況では、他人のホームページを真似るしかない。文章の読点が来るたび<br>を打つ。

「作文の思考回路がhtml化したか」と、ちょっと得意気につぶやいた。

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