―四― 〈ノブレソブリージュ〉

当世の鉄面皮らに贈りたき『名こそ惜しけれ』武士ならねども


「不名誉なことは決してするな」という坂東武者の精神は、その後の日本の非貴族階級に強い影響をあたえ、今も一部の清々しい日本人の中で活きている。……と司馬遼太郎は『この国のかたち』で看破した。

 私にとっての人生の鑑は、弁護士だった祖父の生き様である。

「おじいちゃんはお金を払えない人たちにも弁護をしてあげてるんだよ」とか「中村弁護士さんの孫さんだ、と見られているんだよ」とか、亡母から子供時分によく聞かされたものだ。――そうやって育てられた。

 中折れ帽にインバネスコート姿でステッキを持ち『中村豊司弁護士事務所』の門札前にたたずむ写真からは、明治生まれのノブレソブリージュが漂う。


「社会的地位において、より高い立場の人間に課せられたモラルコード」と言われてきたフランス語だ。

 しかし時代は変わった。

「恵まれた立場の人が自覚すべき義務」と捉えるのが今やしっくりする。

 50年近く前のことだが、新婚旅行から戻った日、青森駅の改札口で医師国家試験の合格通知を出迎えの家族から受け取った。当時の試験は年に二回あり、春の合格率が95%以上と、実にのどかな時代ではあった。

 今なら無謀な選択だったと思えるが、青臭い医学生は決め込んでいたのだ。

「医師としての人生を最初から夫婦一緒に歩き始めたい」と。そのために伴侶と共有しておきたかった精神がノブレソブリージュ。

 医師としての人生は当初の夢や計画と大分違ったかもしれないが、その時その時の状況に合わせて二人で選択した結果に悔いはない。楽隠居は先送りにして、あと数年は〈団塊の二粒〉そろったまま津軽の医療・介護を続けたいものである。

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