#36 夢の中の夢
「やぁやぁ、皐月くん。お目覚めかい?」
目を覚ますとそこには見慣れたひとりの女性が居た。
「あれ……俺、寝てました……?」
「そうだね。それはもうぐっすり眠っていたよ」
放課後の不法占拠中の空き教室にて俺は彼女と2人で非公認同好会の活動をしていた。そこで俺はどうやら眠ってしまっていたらしかった。
「すいません……なんか最近やたらと体がダルくて……」
「いや構わはないさ。キミもいろいろとお疲れなんだろう」
彼女にこれといって不機嫌な様子は無く。普段通り薄ら笑いを浮かべている。相も変わらず胡散臭い雰囲気の人だ。
「ボクの前で無防備をさらけ出すキミの寝顔を眺めているというのも、案外、悪いものでもなかったよ。ふふふっ」
「真理さん……寝てる俺に何かしました?」
「ボクは寝顔を眺めていたと言ったが?」
そうは言うがそこに否定の言葉はなかった。となるとやはりこの胡散臭い先輩は寝てる俺に何かしたな、と確信を持った。
スマホ取り出しカメラを起動。インカメラにして自分の顔を確認する。
顔に落書きはされてない。それは流石に幼稚すぎるか。
「あっ……」
落書きはされてはいなかったが、首元にアザのようなものを見つけた。
「……真理さん?」
「おや、バレたね。いやはや、まったくキミはボクという存在をよく理解しているね。嬉しい限りだよ」
「そりゃまぁ長い付き合いですから。それに――……」
そこで言葉に詰まった。続く言葉がすっぽり抜け落ちた様に出てこない。
俺は今なんと言おうとしたのか。
「さて皐月くん。キミはさっきまで夢を見ていた思うんだが、その内容をボクに教えて貰えないかい?」
「確かに夢を見てましたけど……」
夢なんて起きたら、その記憶は曖昧になるものだ。
だが何故か、さっきまで見ていた夢の内容は鮮明に覚えていた。こんなこともあるのかと不思議に思う。
「何があったのか教えてくれないかい皐月くん。キミとボクとの仲だ。隠し事は無しで頼むよ?」
断ったら断ったで次また何をされるかわからない。俺は渋々といった具合に夢で見た1週間の内容を語り始めた。
◇◇◇
「……――それで、家に帰ると部屋に女の子がいっぱい居ました」
「複数人の女の子を部屋に連れ込むとはなかなかのタラシだね。そんなに溜まっていたのかい?まるでハーレムラブコメの様だ。キミにはハーレム願望でもあったのかい?」
「いや無いですから。だいたい――」
またも言葉が出てこない。俺はやっぱり何か忘れているような、そんな気がした。
「それで女の子達を部屋に連れ込んだキミはナニをしたのかな?」
「人聞きが悪い……えっと……それから……確か……んー……?あぁ、何故か次の1週間、日替わりでそれぞれの相手をするようになって……もみくちゃにされて寝たような……」
「……ん?上手く思い出せないかい?」
「えっ……そうですね……なんかここら辺は記憶が曖昧です」
「ふむ……そうか……」
そこで彼女は考え込んだ。顎に手を添えブツブツと何事かを呟きながら思案している。
「これはまだ要観察と言ったところか……しかし原因はなんだ……?」
「どうかしました?」
「あ、いや、なんでも無いよ。それでその後はどうなったんだい?」
「どうなったも何も、もう終わりですね。寝て、起きたら何故か全裸になってて女の子達がまとわりついてて、それで終わりです」
「これはこれは。裸で起きるとはまったくキミは一体ナニをしたんだろうね」
「だからナニもして無いですから。そこは断言します」
「ふふふ。それもそうだ。キミからナニかする事は無い。そこはボクも信用しているよ」
彼女は笑う。それはいつも通りの薄ら笑いではあったが、その中に少しだけいつものと違うものが混ざっているような気がした。
その表情に思わずドキリと感情を揺さぶられた。
「どうしたんだい?そんなにボクの顔を見つめて、ボクの顔に何かついているかな?」
ニヤリと愉しげに嗤う彼女。
妖しい光を携える瞳が俺を見つめている。
見透かされている。そう思った。
「なんでも、無いです」
「そうかな?今はまだ、そういう事にしておこうか」
「それで?俺の夢の内容なんか聞いて今度は何を仕出かすつもりですか?」
「おやおやキミはまたボクが何か企んでると思っているのかい?それは心外だね。まるでボクが毎度毎度ろくでもないことを仕出かす愉快犯みたいじゃぁないか」
「それになんの間違いも無いでしょうに」
実際問題、彼女は楽しいからとの理由だけで、これまで様々な事を仕出かしてきた。俺はそれに毎度毎度付き合わされ、さらには尻拭いをしている訳である。
「ははっ、何も無いね。キミの評価は実に妥当だ。楽しければそれでいいとボクは常々思っているよ」
「ホント会長はクソ野郎ですよね」
「野郎ではないよ?ボクは正真正銘、可憐な乙女だ。そこはクソ女と言うべきではないかな?」
「まったく自覚があるからタチが悪いなぁ」
「それでもこんなボクにキミは付き合ってくれる、そうだろ?」
「はいはい。そうですね。会長様の行くところならば例え火の中、水の中から、地獄の底まで、ご一緒させて頂きますよ」
皮肉混じりに告げる。
彼女に振り回されることが嫌かと言われたら、まったく嫌では無いのが悔しいところだ。
クソ女会長に付き合う俺もまたクソ野郎であるに違いない。
「それで今度は俺を何処に連れて行ってくださる予定で?」
「次の予定。そうだね。次、キミを連れていくところは――……」
彼女の口元がそれはそれは綺麗な三日月の様に歪む。
「夢の中さ」
◇◇◇
俺は自室にて目を覚ました。
まるで現実の様にやたらと鮮明な夢だった。
そういえばこの1週間は殆ど会長とは会ってない。こう長く会わないのも珍しい。お陰で夢にまで出てくるとは、やっぱり俺はあの人からは離れらそうにないとそう思った。
とりあえず現状確認。服は着てる。よし。
「むにゃむにゃ……サツキぃ……もっと僕を讃えろぉ……」
隣にはいまだに俺に引っ付いて寝てるカズが居た。他の皆は居ない。
うーむ。昨日みんなが家に泊まったのは夢だったのか?
カズだけが来てゲームしてたら寝落ちしたとかそんな感じかな!
そうだな!そうだよね!
「なるほどこれが彼シャツと言うやつですね!」
「うわっ、ヤバっ……デカいとは思ってたけどシャツのボタン弾けそうね」
「小憎たらしい贅肉ですね……はぁそれにしてもこの兄さんの匂いに包まれるのがたまりませんね」
「ブカブカです……」
「ふむ。小柄な体躯に大きめのTシャツ……これは悪くない……」
「なぁ!もっとこうイカつい奴とかねぇのか?」
だから何やら俺の服を着てファッションショーをしているアレらはおそらく幻覚の類であろう。
いやマジで何やってるのキミら?
ホントなんでこんなことになってしまったのか。俺にはさっぱり分からない。というか心当たりも何も記憶が全くない。
「はぁ……」
これから俺はどうなってしまうのか?
今後の不安と共に溜息をひとつ吐き出した。
[第一章~完~]
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