#27 仕様
「やはりここは皐月くんの1番である私が」
「何言ってんのよアンタら全員引っ込んでなさいよ」
「引っ込むのはそちらの方です。兄さんには妹である私が相応しいんです」
「ここは俺に任せとけって俺がキッチリ締め上げてやっからよ」
「サツキを辱めるのは任せといてよ!ここは僕が1番の適任だと思うな!」
皐月きゅんに対するお仕置を何にするか?の話の前に誰がソレをやるかを巡って姦しくも言い争いが繰り広げられている。
私はそれを傍目に密かに考え事をしていた。
思い返すのは今日の放課後に話をした。あのクソ女との会話だ。
◇◇◇
「やあやあ、アサミちゃん。調子はどうだい?」
「貴様……どこから湧いて出た……」
「まあまあ、そう邪険に扱わないでくれたまえ。ボクとキミとの仲じゃないか」
「……何の用だ」
「何の用だ、も、何もないだろう。アサミちゃんにはボクが渡した催眠アプリの使い心地でも聞こうと思ってね」
「ふん。私を誰だと思っている?生徒会長だぞ。誰があの様な怪しいモノを使うか。私がアレを使うわけが無いだろう」
「おやおや、そうかい。それは残念だね。アサミちゃんならアレを上手く使ってくれると思ったんだが。そうか使ってはいないのか。残念、残念」
ニタニタと。そう言いながらもクソ女は笑顔を絶やさない。
「ところでアサミちゃん。実はなんだが、あの催眠アプリ、起動時にネットワーク通信をしていたのには気がついたかい?アレね。起動して、使用する際にはネットワーク認証が必要になってくるんだ」
「…………」
「そして製作者であるボクにアプリを起動すると通知が届くようになっているのだが。ふむ。通知を見ると昨日の放課後に何やら催眠アプリを使った者が居るんだが……アサミちゃん何か知らないかい?」
「……ぬかったか」
「という訳でアサミちゃん。改めて聞きたいんだが、催眠アプリの使い心地はどうだったかな?」
もう少し警戒すべきだったかとも思ったが、致し方無い。誘惑に負け、催眠アプリを使った私の落ち度だ。
弱みを握られた。話す他無いと言うわけか。やはりどうして、この女はクソ女だ。
「……悪くはなかった」
催眠アプリを使った結果はどうだ。皐月きゅんは強引にも私の体を激しく貪り喰らい。好き勝手に私を弄んで辱めた。
もう私は皐月きゅん無しでは生きていけない身体にされている。はぁ皐月きゅんしゅきしゅき。あさみはすっかり皐月きゅん専用の肉奴隷でしゅ。
だというのになんで今日は皐月きゅん私の元に来ないのだ。昨日の会話の流れからして、なんだかんだ言いつつも来るところだろう、そこは。
しかし、現に今、私の目の前に居るのはクソ女である。どうしてこうなった。キレそう。
「ふふっ、楽しんでもらえたようで何よりだよアサミちゃん。催眠アプリを使った彼は随分と都合が良かっただろ?」
「……ん?」
おい待て、このクソ女は今なんと言った?
都合が良かっただと?
「どうしたんだいアサミちゃん?そんな驚いたような顔をして?ああ、そうかボクとした事がうっかリキミに伝え忘れていたようだ。この催眠アプリなんだが、使えば相手を意のままに操れる。さらに催眠相手は使用者の思考に強く影響されるようになっていてね。それはもう使用者の都合のいい事を言ってくれるようになるのさ。どうだい?実に素晴らしいモノだと思うのだが、お気に召さなかったかい?」
目の前の女が、実に愉快そうに嗤っている。
「おい……クソ女……それはつまり――」
「そうだね。つまりは鏡と言ったところかな。催眠相手は使用者の潜在意識な也を潜めた欲望を写す鏡だ。こうだったらいいな、という事は現実になり。流石にこれは……と内心で思っている事も反映される。まるで自分の願望が現実となったようだったろ?それも当然、彼はキミの望みをキミの望むように写すだけの鏡だったのだからね」
「そんな……それじゃ……皐月きゅんは私の事なんて……」
「おやぁ?そんな信じていたものに裏切られ絶望しているような表情をしているけど、何かショックな事でもあったのかい?おかしいねぇ。キミにはまさに夢の様な体験をプレゼント出来たと思ったんだが、何か不都合な事でもあったのかい?」
「ぐっ……貴様ァッ……!」
ヘラヘラ嗤うクソ女を前にして頭に血が登った私は思わず掴みかかった。しかし、そんな事は予想していたとばかりにスルリとクソ女は私から逃げおおせる。
「おぉ怖いねぇ。一体、ボクが何をしたって言うんだい?ボクはコレをキミに渡しただけだ。何も使えと強要した訳じゃない。そうして催眠アプリを使ったのはキミだよ?その責任をボクに問うとでも言うのかい?それはなんとも筋違いって言うものじゃないかい?ボクは言ったはずだよ?使ってもいいし、使わなくてもいいってね?それで使ったのなら、それはキミ自身の責任じゃないかい?」
「この……言うに事欠いて……!」
私はガクリと項垂れた。
叶ったと思った。私と彼は相思相愛なのだと。しかし現実は……ただの私の願望でしか無かったのだと。
「まぁでもそんなに落ち込む事は無いよ。話は最後まで聞いてくれよな。確かに催眠相手は使用者の思考の影響を受けるとはいえ、それが全てと言う訳では無い。そこに催眠相手の意思が働かないわけでもないんだ。使用者の言葉には絶対服従ではあるが、本当に嫌だったのなら。多少なりとも抵抗を見せる。よく思い出してみるといいよ催眠中の相手の事を」
言われて昨日の事を思い出す。催眠中の彼はどうだったかと。
彼は私の言葉に従い。それはもう激しく荒ぶる盛りのついた野獣の如く私の事を滅茶苦茶にしてくれた。そこに彼が抵抗している様子はあっただろうか?
いや、そんな事は無い。彼は抵抗する素振りは一切無いどころか、むしろノリノリで私の身体を貪っていたように思える。
これも私の願望か……?イヤ……違う。そんなことは無い。そんなことは無いはずだ。
抵抗する様子は微塵もなかった。確かに彼は私の事を愛してくれたのだ。
きっとそうだ。そうなのだ。そうだったのなら、彼が本当に私の事を想っている可能性もある筈なのだ。
「これは少し光明が見えたかい?催眠相手は使用者の影響を受けるが、それはもしかしたら使用者の願望と一致している可能性もあるわけだ。まぁでもその催眠相手の本当の気持ちは催眠アプリを使わずに直接本人に聞き出す他ないね。はてさて、それでこれを聞いたアサミちゃんはどうするんだい?」
「おい花園……」
「なんだねアサミちゃん」
「おまえの目的はなんだ?」
「ボクの目的?そうさな。ボクの目的はなんてことは無い。この催眠アプリでみんなに幸せな夢を見させてあげたいだけだよ。そしてあわよくばその夢が叶えばいいかな?とも思っているだけだ。ボクはみんなの幸せを願っているよ」
彼女の言葉からは胡散臭さが滲み出ている。
その言葉が嘘か本当かはわからない。安易に信じる事も出来ない。
だが、しかし、彼と関係を持った――持ってしまった私は既に後戻りが出来ない所まで来た。
それに私はもう後戻りをしたくないとも思っている。
幸か不幸か、そこに彼の意思が無かったとしても私は彼と関係を持つことが出来たのだ。
もしここで彼との直接的な関係を築いていなければ、私はここで立ち止まっていたかもしれない。しかしそうは行かない。
私は知ってしまったのだ彼と交わる快楽を。
となればもう進む以外の道はない。動き出した私の感情はもう止まれはしない。そこに一筋の光があるのならば、何としてでも掴まなければならない。
もうなりふり構っては居られない。
彼を――皐月きゅんをッ!絶対に私のご主人様にしてみせるッッッ!!!
「どうやら決意が決まったみたいだね。ああ、それと言い忘れていたが、催眠中あった事はあまり話さない方がいいよ。記憶に無いことを言われると混乱して相手の脳が壊れてしまうかもしれないからね。廃人になってしまうかもね」
「おい……そういう大事な事は先に言え」
「ははっ失敬失敬」
まったく悪びれもせずにクソ女は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
「話は終わりか?終わりなら私は行かせてもらうぞ」
「彼ならまだ校内に居るはずだ。探してみるといい。健闘を祈るよアサミちゃん。幸せな夢を見れることを願わせてもらうよ」
「ふんっ……業腹だが少しだけ感謝するぞ、花園」
それだけ言って私は踵を返して走り去った。そして鳥乃麻沙美の暴走が始まる。
「幸せを願ってはいるよ?願ってはいるし、叶えばいいとも思ってはいるよ?まぁ、思っているだけなんだけどね……ふふふっ」
彼女のその呟きは誰の耳にも届かなかった。
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