催眠アプリを手に入れた恋する乙女がスマホの画面を見せてくる

助部紫葉

第一章

#1 プロローグ



「催眠アプリ……ですか?」


「そう催眠アプリだ。このアプリを起動した状態で相手に画面を見せる事で催眠状態にする事が出来る代物でね。そうして催眠状態になった相手を自分の言葉のままに操ることが出来るのさ」


「なるほど……それは凄いですね」


「さらに催眠が解けた時、催眠中の記憶は失われる。つまり何をした所で相手はソレを覚えてはいない……これがどういうことだか、わかるかな?」


(ゴクリッ)


「これをキミにあげよう」


「いやっ……別に私は……」


「まぁまぁ。持っておいて損は無いと思うよ。キミはこれを使わなくてもいいし、使ってもいい……キミの好きにするといいさ。それじゃボクはこれで」


「あっ……待って……!あぁ……行ってしまいましたか……」




◇◇◇




「あれ?白井さん、まだ帰ってなかったの?」


「えっ……?あ、あぁ、久保くん……」



同好会の活動を終えた俺は忘れ物があった事を思い出し、自分の教室に戻って来た。


するとそこにはポツンと1人、クラスメイトの美少女が佇んでいた。



白井聖歌しらいせいか


その性格に名前も相まってみんなからは冗談交じりに「聖女様」なんて呼ばれている美少女だ。


まず可愛い。綺麗でサラッサラのストレートロングの金髪。世の男を虜にする抜群のプロポーション。なによりその豊かに実った2つの双璧はあまりにも凶悪である。


次に優しい。これでもかってほどに優しい。誰にでも分け隔てなく接し、その性格故に男女共に人気が高く、男も女も無自覚にたらしこむ天然ジゴロ。もちろん勘違いする人が続出し、その全てが彼女に、告っては玉砕しているそうな。


聖女様だがいろいろ罪な女であったりする。



「なんか用事?」



そして俺はそんな聖女様と気軽に言葉を交わせるぐらいには仲が良かったりする。


ちょっと前にガラの悪い奴に絡まれてるところを助けたのが要因だ。それ以降、ちょいちょい会話をするようになって仲良くなったような気がする、多分。



「……は、はい……えーっと……そんな所です」



何やら歯切れが悪い。他人にはあまり知られたく無いことなのだろうか。空気を呼んでさっさと退散しよう。



「そっか。夏が近くなって日も伸びたけど、あんまり暗くならないうちに帰りなよ。それじゃ」


「あっ……く、久保くん!ちょっと待ってください!」



忘れ物を回収しつつ早々に退散しようとしたが白井から待ったがかかった。



「どうかした?」


「あ、あの……コレ見てもらってもいいですか!?」



なにやら緊張した面持ちで白井は自身のスマホを画面が見えるように俺に差し出してきた。


なんだろうなと思いつつ俺はその画面を覗き込んだ。




◇◇◇




「催眠アプリ……つ、使ってしまいました……」



私、白井聖歌は虚ろな瞳でボーッと立ち尽くすクラスメイトの久保皐月くぼさつきくんを見て思わず呟きました。


胡散臭い女の人から貰った催眠アプリ。


これを使えば相手を自分の言葉のまま操れるという実に眉唾なモノではありました。ですがアプリを起動して、それを久保くんに見せたら明らかに久保くんの様子が豹変しました。


まさかそんなモノあるわけが無いとは思いましたが、もしかしたらという誘惑にかられて使ってしまいました。


効果が無ければ笑い話にでもしようと思っていたのに、まさか効き目が出るなんて……。


ですがまだ油断は禁物です。本当に久保くんが今、催眠状態にあって私の言うことをなんでも聞くのかどうか確かめなければなりません。



「久保くん。貴方は今、催眠状態にありますか?」


「はい。俺は今、催眠状態にあります」



凄い!この催眠アプリ本物です!


久保くんが嘘をつくはずありませんから、自分で催眠状態にあると言ったので間違いありません!



「私の言うこと、なんでも聞きますか?」


「はい」



ゾクゾクゾクッ!


淡々と答える久保くんを前にして私の心の奥から今まで感じたことの無い感情が湧き上がってきました。


あの久保くんが私の言うことをなんでも聞く?


な、なんでしょう……この気持ち……気分が凄く高揚します。



「く、久ぼ……いえ……さ、皐月くんって、呼んでもいいですか?」


「はい」


「で、では……皐月くん……?」


「はい」


「私の事、聖歌って呼んでもらってもいいですか?」


「聖歌」


「はぅ……っ!?」



久保――皐月くんに名前を呼ばれるとドクンと心臓が大きく高なった気がしました。


気がつけば顔が熱くなっているのを感じます。おそらく私は未だかつて無いほどに顔を赤らめていることでしょう。


名前で呼ばれるの凄くいいです……。


そして気分を良くした私の質問はエスカレートしていきました。



「皐月くんはどんなタイプの女の子が好きですか?」


「金髪ロングの可愛くて優しい子が好きです」


「えぇっ……!?」



えっえっえっ……それってもしかして私じゃ……?


いえまだです。焦りは禁物です。



「好きな人は居ますか?」


「はい」


「そ、それは……クラスメイト、ですか?」


「はい」


「ど、どんな人ですか?」


「金髪ロングで可愛くて優しい人です」


「へぅっ……!」



や、やっぱりこれって私の……私の事ですよね?



「皐月くんは、その……えっちな本とか持っていますか?」


「はい」


「…………ッ!そ、そうですか……ちなみにその本はどんな内容です、か?」


「不良に絡まれていた学園のマドンナを助けた事をキッカケに仲良くなって、イチャラブする内容のエロ本です」


「ふぇっ……!?」



そ、そそそそそそれって、やっぱりやっぱり私の事じゃないですか!?



以前までは同じクラスでしたが、皐月くんとはあまりお話した事は無くて、仲も良くはありませんでした。


しかし、ある時、私がガラの悪い人達に絡まれていた所を、皐月くんに助けて貰うことがありました。


それからです。私が皐月くんの事を意識し始めたのは……。


あの時のことは今でも昨日の事の様に覚えています。私の窮地に颯爽と駆け付け、助け出してくれた皐月くんはまさに私の王子様でした。


それ以来、皐月くんとは少しづつ接する機会が増えて、私は日に日に彼への想いを募らせていきます。


今までは男の人にそう言った感情を持つことはありませんでした。初めての経験に戸惑いながらも凄く幸せな気持ちになって、気がつけば四六時中、皐月くんの事ばかりを考えている自分が居ました。


初めて経験するこの気持ちが、おそらく恋と呼ばれるものなのだと理解するまで長い時間を要しました。



私の初恋。私は皐月くんに恋していたのです。



しかし、皐月くんの周りには何かと可愛い女の子が寄ってきます。


それを見ると私は凄く嫌な気持ちになりました。モンモンとほの暗い感情が湧き上がってきます。


他の女の子と話をしないで欲しい。私とだけ話していて欲しい。私以外の女の子に笑顔を向けないで欲しい。私にだけ笑いかけて欲しい。


そういった醜い感情を持つようになりました。


ですが、それを皐月くんに言う訳にはいきません。こんな事を言えば、皐月くんに嫌われてしまうかも知れない。それが何より怖く、私はもどかしい日々を送っていました。



そして、今、現状を変えられるかもしれない鍵を私はあの胡散臭い女の人に貰ったのです。


正直、こんなものを使うのに抵抗はありましたが、私はどうしても彼の気持ちが知りたかった。彼が私の事をどう思っているのか確かめたかった。


そうして私は誘惑に負け、禁断の果実に手を出してしまったのです。



私は事の核心へと手を伸ばしました。




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