第5話 家にダンジョンを寝かせたまま

 ――何だこれは? 何が起きてる?

 

 揺すっても、バラ色のほっぺを掌でペシペシ叩いても、アナは目を覚まさない。尋常でない事態が起きているのではないかと、堪え難い不安が込み上げた。

 何か手掛かりはないかと、サマリーを手に取って隅々まで眺める。攻略度96%に肝を冷やしたあの日からすると、ずいぶんといろいろな値が変化しているようだ。金貨はまあ、一日の収益としては充分。マナはずっと瓶に溜めて保存しているが、行商人のリルの話では、もう少し貯まると100%攻略を一回だけ耐えられる薬とやらが作れるらしい。


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ダンジョン名 アビスの穴

■種別:第一種

■等級:第三等級

■知名度:ランクE(up↑!) 人気:66 悪名 35

■拠点規模:E

■階層数 20

■危険度 D

■再挑戦CT 10日

■マスター側収益率 30%


■ RESULT


・還元収益

  ◆ 金貨 2gold

  ◆ マナ 10p

  ◆ 遺棄物品 「ガーネン」:刀剣 希少度6 雷属性


・侵入パーティー状態:①健在

           ②重傷者三名

           ③脱落一名(回収不能)

           

・ダンジョン攻略度 45%


・不明イベント発生中。待機時間残り21計測時間


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 今朝のサマリーを見る限り、アナの知名度ランクがちょうど上がったところだったようだ。拠点規模や階層数、危険度はここしばらくの間に更新されてそのままだ。

 向こうの冒険者からすれば、リスクも増えたがリターンも上がり、その分時間をかけた慎重な潜行が要求されている、というところだろう。

 

 さて現在の彼女の状態についてだが。関係ありそうな項目は二つ――「遺棄物品」の風変わりな宝剣「ガーネン」と、最下段に記された「不明イベント」なる不穏な通知だ。

 

 リルの説明によれば、枕元に金貨とマナ以外の何かが出現するのは、冒険者がダンジョンで失われ、帰還も回収もかなわなくなった場合だ。三番パーティーに回収不能の脱落者が出ているから、剣はこいつの持ち物だったのだろう。

 

 残るは「不明イベント」。アナが目覚めない原因は先ず間違いなくこれだろうが……

 

「ああっくそ、対処法が分からん!!」


 俺が知っている知識の中には、これに関するものが何もなかった。

 リルなら何か知ってるかもしれない。今からふもとの街まで行けば、広場でリルの荷馬車を捕まえられるだろう――だが、もしもこれがダンジョンには関係ない、例えば普通の危険な病気とかだったら?

 

 しばらく迷った挙句、俺はアナを残したまま家を施錠して駆けだした。この一件を乗り切ったら、何とかして馬を一頭手に入れなければ。

 

 

 広場に汗だくで駆け込んだとき、リルはちょうど空になった荷馬車に乗り込んで、移動を始めるところだった。間一髪だ。

 

「リル! リルさん!! ちょっと家まで来てくれ!」


 きょとんとした顔でこちらを振り向いた彼女だったが、俺の顔を見てすぐに事情を察してくれたらしかった。


「その剣幕は……あの子に何かありました?」


「目を覚まさないんだ。生きてはいるんだが、間違いなく……俺にはどうしていいのか」


「……サマリーは持ってきてます?」


 彼女にそう訊かれて、俺はポケットから出したくしゃくしゃの羊皮紙を渡した。ひと渡り紙面に目を通すと、彼女は頷いて馬車の手綱を握り直した。

 

「すぐ診に行きましょう……心当たりもなくはないです」


「ホントか!」


「そりゃね、本腰であれダンジョンを研究してる賢者や魔術師を別にすれば、私は多分この国で一番詳しいですから」


 頼もしい言葉だ。やがて荷馬車はいつかと同じに丘陵地を走り抜け、保養地の外れにある俺の家に着いた。

 ドアを開錠し、駆け足でアナのベッドへ走り寄る。相変わらず安らかな寝息だ。しかし、起きる様子がない。

 

「この剣は?」


 リルが枕もとの「ガーネン」を手に取った。サマリーと対照して頷いている。

 

「こういうのが出てきたのは今回が初めてなんだが、たぶん、かなり凄いものなんじゃないか……金になるといいなと思ったが」


「運のいい子ですね……このタイミングでこれが出たのは奇跡かも。彼女、昇級しますよ。たぶん」


「昇級?」


「まれにですけど育成中に、予告もなくこんな風になることがあるんです。有効期間内に希少度4以上の遺棄物品を与えれば、身体が――つまり向こう側に在る迷宮の方ですけど、別ものに作り替わります」


「そんな、ことが……」


「都合よく使えるものなんか普通は手元にないですから、機会を見送るだけになるもんなんですけどね。おまけにマナはずっと溜めてあると来た」


 リルは戸棚にしまっておいたマナの瓶を全部持って来させた。金だらいにそれをあけて剣を放り込むと、やがて一つに溶け合って光を放つ。リルはアナの口元に漏斗をあてがい、一晩かけて一滴残らず流し込んだ。

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