第4話 隣り合わせの灰と団欒

 それからしばらくの間、サマリーに出る攻略度は10%くらいで横ばいする日々が続いた。

 

 向こうの世界のダンジョンがどういう具合になっているかは、アナ自身にすらわからない。だがこちら側にも同様の「迷宮」は数多存在する。

 そこで活動する冒険者たちについての風聞や、過去の成功者の伝記を紐解けば、だいたいの類推はできる――サマリーの件と言いこれと言い、とにかく間接的な情報からの推測でしかこちらの対応、対策を決められないのが困りものだが、とにかく今はアナの養育に全力を尽くすのみだ。

 

「ええ、と。毎日届けてもらうパンが一日に銅貨五枚5カッパー、牛乳が銅貨二枚2カッパーか……そろそろ肌着も買い替えてやらないとだし、それで銀貨4枚くらいは飛ぶな。ここは金持ちが出入りする保養地だから、俺もあんまり服装に無頓着ではいられんし……」


 リルに勧められて、俺も最近は金銭の出納簿をつけている。ダンジョン攻略状況には若干の変化があり、今は駆け出しか再構築中のパーティーが三組ほど、切磋琢磨しながら進めているようだ。収入の方は一日に、多くてだいたい半金貨一枚、マナ5ポイントといったところだ。

 費用的な意味では俺の持ち出しがわずかに超過傾向だが大丈夫だ、まだ慌てるようなタイミングではない。


 これで住まいが街の借家とかだったら、そろそろ破綻しかねなかった。母が家を遺してくれてて本当に助かる。

 

ご主人様マスター、スープが出来ましたよ」


「その呼ばれ方ももう一つ慣れんが、まあ食事にしようか」


 アナは最近、自分から食事の支度を買って出るようになった。稼いでもらってる上にこれでは少々気が咎めるが、俺が作るよりはるかに美味い。

 今日のお昼はキャベツとベーコンのスープに、朝焼いたばかりのパンと、チーズを少々。それにキノコ入りオムレツだ。

 

「今のところは順調だな……そろそろ何か、身を飾るものを買いたいところだが」


「ま、まだいいです。うっかり『知名度』とかを上げすぎてもですし」


「……まあそうだよな。もう少し階層数と、危険度も上げてからでないとな」


 そう言いながら、俺はこの生活のそもそもの問題点に思いをめぐらしてため息をついた。

 

「すまん。本当なら、お前さえ良ければ美味いもの食わせるだけで何とか成人まで切り抜けたいんだ。でも」


 アナは俺をじっと見上げて、ゆっくりと首を横に振った。

 

「ご主人様が良いと信じるやり方でやって下さい。お金だって稼がなきゃ、結局死んじゃいますし」


「アナ……」


「私、リルさんに引き取られるまでは、別にある朝突然死んでも構わないと思ってました。私が育った所じゃ病気で死んじゃう子供だって珍しくなかったですし、父さんは全然優しくしてくれませんでしたし」


 ああ。言葉が喉につっかえて上手く出てこない。

 

「でも、今はご主人様とお別れするのが怖いです……早くもっと大きくなりたいし、いろんなこと勉強したい」


 くそっ! 俺にもっと教養があれば、自前の知識で彼女を磨いてやれるのに!!

 

「な、なあ、アナ。これからは、良かったら俺の事『父さん』って呼んでくれないか。ご主人様じゃなくて」


 アナはきょとんとした顔でしばらく俺を見ていたが、目頭にたまった液体を絞り出すように目をしばたいて、そして微笑んだ。


「はい! 私、頑張ります――お父さん」


 お互いにそれを受け入れれば、破局が訪れたときの辛さは何倍にもなるだろう。だが、俺たちは今この団欒の温かさを最大にしようと決めたのだった。



 それから二週間ほどたったある日のことだった。

 攻略度は再び上がり、50%近くに達している。俺が朝からサマリーを取りに行くと――枕元に、見たことのない異国風の装飾を施された一本の見事な剣があった。


 そして。普段ならすぐに目覚めるはずのアナは、未だ安らかに寝息を立ててまどろみ続けていた。

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