第3話 健やかに賢く育てよダンジョン
「ま、
お腹の辺りを抑えて眉をしかめながら、アナがそれでも嬉しそうにふうっと息をついた。
「美味かったみたいで良かった」
「はい……!」
俺たちは今、保養地のある丘から少し下った、最寄りの街の広場に来ている。ここでは毎日のように市が開かれて屋台が立ち並び、お祭りよろしく少し割高な軽食やお菓子を食べ歩きできるのだ。
さて、これでどれ程の効果があるものか――今夜のダンジョンアタックが心配で、俺は依然として落ち着かない気分だった。
アナを引き取るときに行商人が渡してくれたメモには、「ダンジョン」の育て方について大まかな説明が記されていた。
ダンジョンはその規模や深さ、探索の拠点となる街からの距離、知名度や危険度といった様々な属性を数値で表すことができるらしく、それが例の「サマリー」にも記載されるのだが、ダンジョン
例を挙げると、今やってるような具合に栄養のある食事や子供が喜ぶ食べ物を与えることで、ダンジョンは少しづつ階層の数や広さを増やしていくことができるのだ。肉体の成長や栄養状態が反映される、ということだろうか。
その結果、ダンジョンの攻略速度は遅くなり、さらなる育成のための時間が稼げるが――冒険者側で持ち込める物資の管理がシビアになるため、アイテムや魔法の使用がシブくなってこちらの収益はやや下がる。そんな感じだ。
別世界で起きる実際のダンジョンアタックを、俺はこちらから見ることが出来ない。
やれることは食事を与えたり教育を施したり、衣服やおもちゃを与えたりして属性の数値を操作する事だけ。そうして夜ごとのダンジョンアタックを祈る気持ちで消化し、翌朝のサマリーを受け取る。そのうえでアナが依然生きているならば、その日の育成をまた繰り返す――そういうサイクルになるのだった。
「えっと。アナ、そろそろ動けるか?」
「ちょっとまだ、むりです」
ああ、これは失敗したかもしれないなあ。この後は家に帰って勉強をさせたいのだが、お腹がこなれるまで動けないとなるとあまり時間が取れないぞ。
――おや、スケイルさん。それにアナちゃんも。
不意に後ろから聞き覚えのある声が掛けられた。振り向くと、例の行商人が荷馬車の御者台から身を乗り出してこちらを見ている。
「あ、リルさん!」
アナがぱあっと顔を輝かせた。何だ、いい感じに懐いていたんじゃないか。
「どうしたんです、二人ともそんなとこで脂汗浮かべて」
「いや、ちょっと急遽この子を強化したくて……」
事情を説明すると行商人――リルはかぶっていた外套のフードを跳ね上げると、上体をひねって馬車の荷台をパンパンと手で叩いた。
「そういうことならお屋敷まで送ってあげますよ、乗って乗って」
* * * * *
家までの道中、リルは自分が渡したメモについて補足説明してくれた。サマリーを持っているかというので、胴着のポケットから引っ張り出して手渡す。彼女はそれに目をざっと通すと、表情を和らげて大きくうなずいた。
「96%は危なかったですけど、しのぎ切ったんならしばらくは大丈夫ですよ。焦らずに行きましょう」
「そうなのか!?」
「ええ、上から三段目の項目を見てください。知名度のランクが『E』になってますよね。これは人気や悪名なんかを総合したものなんですが、だいたい多くても三つくらいのパーティーが攻略に取り組んでるってことです。それに拠点規模が『F』だから、冒険者が帰る拠点にはまだ宿屋が一軒ある程度ですね。まあ村が一つってとこでしょう」
「……アナの等級は三級と書いてあるが、それだと拠点がずいぶん小さくないか?」
三級は典型的な、多層式の地下迷宮なのだそうだ。このくらいになると
「つまり、発見されたばかりでまだ攻略がごく限られた先駆者だけで行われてる、ってことですね。そのトップを殺し切ったんだ、次のパーティーが育つまでは少し時間があります。この子は運がいい……今のうちにしっかり育てましょう」
「分かった。金は欲しいが、それよりもこの子をちゃんと成人させてやりたい……またわからないことがあったらよろしく頼む」
「はいはい、私も異存ないですよ。必要なものがあったら持ってきますから、買ってくださいな」
現時点では後回しになるが、衣服を与えて着飾らせると、向こうでの知名度が上がってこちらの収益が増えるらしい。その分挑戦するパーティーの数が増えるから、ダンジョンアタックの危険性は上がることになる。
まあしばらくは、食事で体を――迷宮の大きさを成長させるのと、本を読ませて知性を鍛え、内部の危険度を上げるのが育成方針になりそうだ。
子育ては難しいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます