第2話 サマリー! 鼻から牛乳
アナのような存在は、実は珍しくないらしい。
寝ている間に子供が死んでいた、なんてことはよくある。その原因が普通と違うだけ。
別世界におけるダンジョンアタックは、アナがこちらで眠っている夜間に発生するのだ。なお探索中に冒険者が使った消費アイテムや魔法が、それぞれ金貨とマナに変換されてこちらの世界に転送される。
「こっちの世界でもそうだけど、ダンジョンと言ってもほとんどは、一本道にちょっと小部屋が枝分かれしてるような、単純な洞窟なんですよ。そういう子はまあ、すぐに駆け出しの冒険者なんかが攻略してきれいに掃除しちまうわけです」
「向こうでそういうダンジョンが一つ消えると、こっちで子供が一人死ぬ、と」
思わず声が震える。
「ええ。その場合は枕もとに金貨が出るようなこともないんでね、子供が『ダンジョンだった』ことすら分からずじまいです。でもごくたまに、アナみたいに生まれたときからある程度大きくて複雑なダンジョンになってる子がいる。そうすると、ある朝突然、枕もとに金貨と液化したマナがぶちまけられる騒ぎになるって訳で」
なんか胃の辺りがきゅっとする。貧しい家とかだと酷いことになりそうだ。
「アナを見つけたのはホントにすごい偶然だったんですよ。ずっとろくでなしの父親と二人暮らしだったのが、酒の飲み過ぎで親父が死んじゃって……で、たまたま遠縁の私のとこに引き取ることになりましてね」
そんな事情なら、また何で手放すことにしたのやら。そう尋ねると、行商人はため息をついて肩をすくめた。
「毎日荷馬車で仕入れ先と客を往復の、安宿暮らしですからね。とてもじゃないがそばには置いとけません」
結局、押し切られたというか丸め込まれたというか。俺は行商人にまとまった金を払って、その日のうちにアナを連れ帰る羽目になった。食いつなげる期間も半年ほど目減りした。
「なに、成人まで育てればダンジョンじゃなくなるって話ですし。きっといいことありますよ」
行商人の、別れ際の一言が妙に心に引っかかる。
ともあれ俺は言われたとおりの準備を家の空いた一室に整えて、そこをアナの部屋としてあてがった。ありあわせのもので一緒に食事を済ませ、それぞれのベッドに引き取ると、俺はあれこれと渦巻く不安を抱えながらどうにか眠りについた。
* * * * *
さて、朝。
アナを起こしに行ってみる。母が使っていたベッドを久方ぶりに掃除して調えた、いささか大きすぎる寝床の上で、アナは安らかな寝息を立てていた。
枕もとには、金貨が五枚。あらかじめ用意した瓶いっぱいに満たされた、燐光を発し粘性のある
「なるほど、これは大した稼ぎだ……」
金貨五枚といえば、王都で日当たりのいい部屋を借りる場合の家賃ひと月分、というところ。これが六日も続けば、アナを譲り受けた代金くらいはすぐに取り返せる勘定だ。
何やら少女娼婦を食い物にする悪い女衒になったような気がして、俺はふるふると頭を振った。
(父親にはあまり愛されてなかったという話だった……せめて俺はもう少し、もう少しマシに……!)
「おはようございます、
また会えて嬉しいです、と微笑むアナに、俺はその瞬間完全に堕ちていた。
「あっ、ああ。俺も嬉しいよ。さ、一緒にご飯を食べよう。今日はお隣の農場から分けてもらった牛乳がある」
「牛乳……!」
ぱあっと顔に光が差す。
これはあれだ、滅多にありつけない美味しいものを前にした顔だよ。俺は詳しいんだ。
パンとスープを平らげた後、愛用のマグで牛乳を飲みながら、さっきの羊皮紙を手に取った。
ある程度のことは行商人から聞いている。これは、冒険者がダンジョンの中で行った戦闘とその結果を、ダンジョン側からの視点の数値付きでまとめた
――ブバッッッッッシュ!!
中ほどまで目を通した俺は、飲み込みかけた牛乳を気道に詰まらせて激しくむせた。逆流して鼻から垂れ来たのが分かる――アナめがけて噴き出さなくてよかったが。
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■ RESULT
・還元収益
◆ 金貨 5gold
◆ マナ 36p
◆ 遺棄物品 特記なし
・侵入パーティー状態:全滅
・ダンジョン攻略度96%
(WARNING! 可及的速やかにダンジョンの補強、修復、強化を行ってください)
================
(なんてことだ! 間一髪で死ぬ所まで行ってるじゃないか!!)
冒険者たちと刺し違え、ギリギリで何とか殺し切った、といった感じの内容に俺は震え上がった。
うん、これは早くどうにかしなければ。今朝の収益は、アナに全部つぎ込むしかなさそうだ――
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