第一種・二等級ダンジョン。性別(♀)・12歳

冴吹稔

第1話 ダンジョン娘が家に来る

「ではこちらが書類となります。契約上私の仕事はここまでですが、何か御用の向きございましたらまたご連絡ください」


 王都から来てもらった公証人はそういうと、テーブルの上に何封かの書類を置き、静かに椅子を引いて席を立った。

 

「我々にもう少し伝手か力があれば、もっとお役に立てたのでしょうが……」


「いえ、お世話になりました。玄関まで送りますよ」


 俺は内心の落胆を押し隠しつつ、丁寧に彼を送り出した。封書はこの家の権利書と、血縁上の父が何とか忘れずに残してくれた、ささやかな財産の目録だ。


 とはいえ儀礼用の剣など有価物を現金に換えてしまえばそれで終わり。法服貴族として廷臣の末席を温めていた父にはもともとこれといった封領も大した年金もなく、わずかでも継続的に収入になるようなあれこれは、正妻と彼女が生んだ幼い弟のものになっている。向こうは向こうで母子二人、何とか体面をたもっていくのがやっとだろう。


 もう少し彼らと交流があったり仲がよかったりしていれば、互いに助け合う道もあったのだろうが……正妻さんは没落した旧家の出で、むやみと気位の高い人だった。

 お針子上がりでド庶民の俺の母とは、折り合いが良かったはずもない。

 

 つまり俺、王宮書記官ロバート卿の庶子である「イーリシン村のスケイル君」は、母が暮らしたこの寂れた保養地の一軒家で、なけなしの小金を元手に一人で生きていくしかないわけだ。

 

「とはいえ、なあ」


 魔法の才も剣の心得もない俺の取柄といえば、せいぜい読み書きと計算ができるくらい。

 それにしたってそこらの農民に比べれば大したものだと思うが、出来ればもう一声、何か事業を営めるくらいの教育をして欲しかったものだ。

 どうやらゆっくりとここで食い詰めていくしかないような身の上なのだが――それでも、俺には一つだけアテがなくもなかった。


 ……なくもなかったのだが。 


  * * * * *

  

  

「ダンジョンの管理、と聞いた気がするんだが」


「ええ、ダンジョンです。さ、アナちゃん。スケイルさんにご挨拶して」


「いや。おかしいだろ」


 晩年の母と懇意にしてくれていた胡散臭い行商人に、少し前に持ち掛けられていた「美味い話」があった。冒険者が出入りして財貨を稼ぐ「魔法の迷宮ダンジョン」を管理しないかというものなのだが――会って話を切り出した途端に「」と引き合わせてくれたもの、というか、人。

 

 それはだった。

 

 ……世に流布する所のいわゆる「ダンジョン」の話については、俺もまあちょっと聞きかじったことはある。なんでもそうしたダンジョンの深奥には、管理者が様々な操作を行い魔力を配分、運用するための「コア」なるものがあるというが。つまりこの子が――奇矯な話だがその、「コア」なのだろうか?

 

「うーん、0点ですね。全然違います。さ、アナちゃん、スケイルさんにご挨拶してね」


「……アナ・アビスです」


 おずおずと会釈する少女は、なかなかの美貌だがやや表情が乏しい感じがした。幸薄そうだ。

 

「……アナ、ねぇ。世間ではよく『ダンジョンにも穴はあるんだよな』みたいなことを、というかダンジョンはそもそも穴だが、まさかあんた俺にこの子を「あんたね、そんな下衆なことを言ってると、亡くなったお母さんが墓の下で泣きますよ!?」


 切り出し方のよろしくない俺の冗談に、行商人は心外なほどに眉をひそめてガチで憤慨した。


「じゃあ、どういうことなんだ」


「この子はですね。こことは別次元の世界のどっかに存在するダンジョンが、まあこの世界に落としてる影みたいなもんらしいんですよ」


「えっと、俺は馬鹿だから難しいことはよく分からないんだが……その説明だとさっきの採点、二十点くらいは貰えるんでは?」


「いやいや、理論は把握しなくても大丈夫。あなたはこの子を毎日世話するだけでいいんです。そうすると、毎朝この子の枕もとに、金貨と『マナ』の詰まった瓶が出てきますから」


「それのどこがどうダンジョンなんだ――」


「……攻略が完了されて、彼女が死なない限り、という但し書き付きですけどね」


「おい」


 何だかとてつもなく胸糞の悪いことに巻き込まれた、そんな気がし始めていた。

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