第28話
速足で教室に戻ると、来た時とは打って変わって賑やかな空気に包まれている。気のせいかぴりっとした緊張感が漂っている。
「おはよう」
座席に着くや否や後ろから北条君が声をかけた。
「おはよう」
ただ挨拶をしただけなのにクラスの一部がざわめいた。
「風花、昨日どこ行ってたの?」
「へ?」
量子ちゃんが前のめりで駆け寄って来た。
「昨日おばさんに会ってさ、部活の遠征に行ったんじゃないの?って声かけられちゃった」
ああ、それでバレたのか。休日に部活動の友達と鉢合わせするなんて、なんてついていないのかと苦笑する。
「ちょっと遠方に用があって」はっきりとした目的を話せないがために曖昧に返事をしたのが悪かったのか、量子ちゃんはにやついている。
「北条君も一緒だったんだよね。私駅で見ちゃったんだよー。やっぱり二人ってつきあってる?」
量子ちゃんといつもつるんでいる里中さんが割って入った。駅で見たということは白川もさん一緒だったのだが彼女の眼中に入っていなかったようだ。
「付き合ってないってば」
「ええ、でもデートしてたんでしょう?友達以上恋人未満ってやつ?」
「そういうんじゃなくて…」
本人の目の前で色恋の話はやめて欲しい。事実とはいえあまりに否定するのも北条君にも悪い気がした。
「課外学習だよ」
「ん?」北条君の言葉に彼女たちは同じ方向に小首を傾げた。
「細井が持ってる和傘に興味が出たから白川さんにお願いして、これ、この店に連れて行って貰ったんだ」
和傘渡邊の公式サイトを見せた。彼女たちは歓声をあげて北条君からスマホを奪い取るように持って「綺麗」「やばい」と魅入っている。
「和傘ってなんか敷居高いイメージだけど、海外の人にも人気だっていうから興味でちゃって。動画とか漁ってるだけじゃ物足りなくなって、白川さんに相談したら保護者替わりについてきてくれたんだ」
「え?まじ?白川さんとでかけるとか羨まし!」
更に隣に座ってる中山君が徐に立ち上がりくいついてきた。
「俺も課外活動って言ったら白川さんとデートできるんか?」
「本当はうちの親に頼みたかったんだけど、ほら普段家にいないから。困ってるところに白川さんが見かねて連れて行ってくれたんだ。きっかけくれたのは細井だし、一緒に来てくれたんだよ」
「だったら俺を誘えよー白川さんとでかけたかった!」
「おまえそういうのに興味ないだろう?下心見え見えだし、騒がしくなるだけだから絶対誘わない」
この野郎と北条君の首に左腕を絡め、右手で頭をぐりぐりと動かす「やめろやめろ」と笑いながらじゃれあっている。
露子さんも傍で「馬鹿ね」と笑っていた。
「北条君、親が家にいないって別々に暮らしてるの?」
量子ちゃんはスマホを返した。
「仕事柄家を空けることが多いんだ」
「こいつの親、海外のアンティークとか買い付けてるんだぜ。おまえ夏休みとか長期の休み使って時々ついていくよな」
「まあね。古いものを見る機会多いんだ」
「それで和傘にも」量子ちゃんは納得したように何度も頷いた。
本鈴がなる。担任が教室に入ってくると同時に「座れ座れ」と出席簿であしらうと各々自分の席についた。
「今朝はありがとう」
昼休みすぐの図書当番のため図書室で向かい合わせになってお弁当を食べる。一週間に一度をもう十回以上すぎて、すっかり定番になっている。
北条君は「ん?」と考え、思い出すまでに数十秒時間を要した。
「全然。なんとか誤魔化せてよかったよ。でも白川さんの話はまずかったかな」
「私の話?」
今日は白川さんも私の隣に座って食事を共にする。コンビニで買ってきたと思われるカレーパンをかじりながら会話に加わった。
「クラスメートに昨日駅で見られてたみたいなんです。課外活動ってことで誤魔化したんですが、男子が白川さんとのデートが羨ましいって騒いじゃって。北条君の親の代わりに行ったことにしたんです」
「ご迷惑かけてしまってすみません。咄嗟のことで白川さんの名前出しちゃって。そいつが来たら適当にあしらってください」
「慣れてるから大丈夫よ」
冗談なのか遊び半分なのか、そういう男子学生は少なからずいるようである。手に持っていたはずのカレーパンはすでに無くなって二個目のメロンパンも半分以上食べ終えていた。
「ささ、月曜日は返却しにくる子も多いし、早く食べて仕事にかかってね」
そういうとそそくさとカウンター引っ込んだ。
「そういえば露子さん、なんか嬉しいことあった?」
「どうして?」
「教室で和傘の話をしてるとき楽しそうに笑ってたから」
記憶を取り戻してからの初めての学校、朝から不安だった。学校にいい思い出がない露子さんは、行きたがらないと心配していた。しかし朝からとくに変わった様子はなく、当然と言わんばかりに登校しただけでも驚いた。そそれにとどまらず、私たちの様子を見てほほ笑んでいたことが信じられなかった。今までにない反応が新鮮だった。私以外の誰にも見えていないはずの露子さんが、まるで同級生に囲まれて共に笑って過ごしているように見えたのだ。無性に嬉しくて、もしそこに幽体ではなく露子さんがいればきっと抱き着いていただろう。
「馬鹿な話をしてるから笑っただけよ」
今までならつっけんどんに返していたが愛おしそうに笑った。
「そうだ、今日帰りに喫茶店によってもいい?」
「別に構わないけど、昨日の今日で大丈夫?」
昨夜のお母さん静かな怒りを間近で見たことを気にしていることはすぐに察した。北条君が懸念するように私が隠し事をしたせいでゲンさんのことも北条君のこともよくは思っていないだろう。でも私の考えとお母さんの考えは別だ。もう行くなと言われて素直に従うつもりはない。
「あまり遅くならないようにだけ気を付けるよ」
精一杯の反抗のつもりだが、気弱な自分が顔をだす。寄り道はする、でも門限は守る。親に心配させない程度の反抗はなんだか情けなく思う。
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