第23話
三か月を過ぎたころ漸く形になった。仕事の合間に父さんが手掛けてくれて完成に至った。お金の話を持ちかけると「出世払いでいい」と断られた。
「商品には程遠いし、長くは持たないだろうけど使えないことはない。骨組みはきちんとしてるから、もし紙が剥がれたり破れたりしたら、持ってくるように伝えなさい。その時は直してやる」
未熟だと突きつけられたが、俺には店に出しているのとは大差ないように見えた。少しだけでも自ら手掛けた和傘が愛おしくてたまらない。
次の日にもすぐに渡したかった。学校に持っていくと目立つので一度帰ってからあの公園に行こうと決めた。雨宮さんよりも早く教室を出て帰路につく。玄関に置いた傘だけを持って走って公園に向かった。
公園の前につくと雨宮さんは風花ちゃんと初めてみたようにブランコで仲良く遊んでいた。ここ数か月ずっと彼女と過ごしてきたが、ここでは彼女は笑顔でいることが多い。俺が介入したころは戸惑ってはいたが、今では風花ちゃんにだけむけていた笑顔と同じように俺を見てくれる。心がむずむずした。
「雨宮さん」
去年は一度も呼ぶことのなかった苗字を今は自然に口にできる。本当に信じられない。不健康で不潔で、自信もなくオドオドしてて、学校の雨宮さんは周りが作った幻想だ。それは今でも変わらない。でもこの公園では誰よりも眩しい笑顔を見せている。本来の彼女の姿だ。この瞬間も俺の前には可愛い笑顔しかなかった。
「お兄ちゃん!」
風花ちゃんは俺にむかって走って来た。両足にだっこちゃん人形のようにしがみつく。
「おいおい動けないよ」
困ったふりをすると、きゃははと笑って更に力をこめてしがみついた。
風花ちゃんも初めは警戒していた。今はこんなに懐いてくれている。俺が向けた愛情以上にこちらに返してくれた。
相手は自分を映した鏡のようなものかもしれない。俺が心を開けば同じように返してくれる。きっとクラスメートのやつらも、外見に惑わされて本来の彼女を見ようとしないから、彼女も彼らから離れようとするんだ。もしこんな姿を見たらあいつらだって仲良く出来るはずだ。全員ではないだろうけど、皆が皆彼女を嫌ってるなんてあり得ない。
風花ちゃんの手を引いて遠目で見ていた雨宮さんの傍に行った。
「遅かったね。先に学校を出たからもついてるかと思ってたけど」
「これを取りに行ってたから」
早く渡したいと思ったのも嘘のように急に怖気づいた。手伝うの範疇を超えて殆ど父さんがてがけた傘はプレゼントにしても恥ずかしくはないはずだ。俺が貼った箇所を見ては「まだまだだな」とでも言わんばかりのしかめっ面を浮かべてはいたことは気になった。それ以上に自分が言い出したお詫びとお礼を兼ねた贈り物は、気に入ってもらえるかは五分五分である。それも和傘。普段使いにするには目立ちすぎる。作っている時は考えもしなかったが彼女はとにかく人目を気にするのを今になって思い出した。
ここまで来て引き下がるわけにはいかないだろう。もう当たって砕けろ!
「これ、よかったら…」
贈り物をするなんて、小学校低学年の頃、まだママと呼んでいた頃、母さんにカーネーションを一輪、なけなしのお小遣いから出した時以来ではないだろうか。幼さというものは無敵である。それも贈る相手が母親なら猶更だ。少なくとも母さんはそのプレゼントを大袈裟に喜んでくれた。毎日花瓶の水をかえながら「ありがとう」とか「嬉しい」と連呼していたし、枯れる前には押し花にしていた。とてもいいことをしたんだと自尊心が満たされた。
今度は親しくなって間もない同級生、保身のために見て見ぬふりを続けてきた愚かさに対する詫び、情けない姿をさらした口止め料、そんな自分といることが楽しいと言ってくれたお礼、色んな意味合いが交じり合ってるがどれもこれも自分のためだ。勿論、その中に喜んで欲しいと純粋な思いもある。
傘を横にむけ両手で差し出すと、雨宮さんはおずおずと手を伸ばした。傘の柄を持ち雲の隙間から射す夕日に向かってゆっくりと開く。真っ赤な大輪を咲かせると彼女の頬も仄かな赤色に染まる。何も言わなかったが、感動は言葉を失うを全身で表していた。
「きれい」
間延びし感嘆したのは風花ちゃんの方だ。彼女は「うん」と同意した。
「これ渡邊くんが?」
「まあね、と言いたいけど殆ど父さんがやった。俺は紙を貼る作業だけさせてもらったよ」
「それでも凄い…」
花が綻ぶ笑顔なんて国語の教科書でしか見たことがない。どんな様子を指すのか解らなかったが目の前にした瞬間理解した。
「でもこんな素敵な物貰えない」
お金が…と小声で続ける。
「素人の俺が作ってるからお金なんてとったら父さんに叱られるよ。練習台のひとつだと思ってもらってくれると嬉しい」
彼女は傘を上に向けてさすと一段と美しい笑顔を向けた。
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