第3話 まあ、やるしかないな

「いい加減ボウズやめない?」


 秋がきた。ボウズはこの病院とやらでずっと寝たままだ。

 この国は季節がはっきりしている。僅かに生えていた緑は陽に焦がされたように茶色となり、それらを占領するように金色が混じり合って、溶けた鉄のように。それでいてお互いの色を高めて、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。


『じゃあなんて呼びゃいいんだ?』

 先ほどのに応える。

「たつやって名前があんの。そっちで呼んで」

『じゃあ..』

 これまでボウズ呼びだったがためになんだか恥ずかしい。

『ボた、つウ、やズ』

「混じってる混じってる。そんなバカじゃないでしょ」

 バ、バカ!?仮にも貴族階級だぞ!と言いたいところだがこの国、いや世界的にそういったものは無くなっているらしい。つまりは言っても無駄だ。

『タツボ..』

「ウツボ?なに?急に喋れなくなるじゃん。今まで言語の壁突破してたのに」

『ああもう、分かったよ!タツヤ!これでいいだろう!』


 言語の壁を突破、か。難しい言葉を使うものだ。確かに俺が前まで話していた言葉とは明らかに違う。昔の記憶も、この国の言語に翻訳されて覚えている。不思議なものだ。


 それにしても、暇だ!

『おいタツヤ、いい加減外出ようぜ。じゃないと体も弱っていく一方だぞ』

「まあ庭歩くくらいなら許可されてるけど..」

『じゃあ出よう!今すぐに!ほら!』


 久しぶりにタツヤの病室を出た。今まではたまにじどうはんばいきに買いに来たり、購買で何か買ったり、それだけだった。

 だが、一階まで降りた所でタツヤは音をあげてしまった。なぜか俺も辛かった。どうやら基本的な感覚は共有しているようだ。

「も、もう無理..庭まで行けそうに、ぜぇ、ない、はぁ」

『お、俺もなんか辛い。一度休憩挟もう』


 長い廊下にてんてんと設置された木製の椅子に腰を掛ける。

 あまり気にしていなかったが、こうしていると照明の存在に驚く。あの時は蝋燭ランタンだったのに。結構チカチカしてウザいんだよな、あれ。

 と思った瞬間に病院の照明もチラついた。結局変わらないんだな。


『なあ、タツヤ。お前の病気ってなんだ?答えたくないならそれでいいんだが』

「軟弱体質でね。内臓が弱いんだ。それで横になっていたら筋肉まで小さくなっちゃった。ここにはそのリハビリっていうことで入ったけど、知っての通りほとんど検査の毎日だよ」

『そうか。大変なんだな。この医療技術でもなかなか治せないってことは』


 一つ、思いついたことがある。毎日外に出て散歩して、少しずつ体力を付けるという、俺の知る中で最も効率的で、先進的な方法だ。ただ、タツヤの内臓がどうなるか。聞いてみるか。

『タツヤ、内臓はどのくらい酷使しても大丈夫なんだ?』

「え?うーん、そうだな。多少走るくらいは大丈夫かな?」


 というわけで運動を再開してみた。ペースで言うと100m歩いて過呼吸になるといったところか。もうすぐで中庭だ。

 自動ドアが開く。外の風が一度に病院の中へ、タツヤの肺へ。そしてしょっぱいような、酸っぱいようなあのツンとした病院の匂いから解放され、爽やかな空気が鼻を抜けていく。


 中庭は王城の壁の内側といった感じで広く、庭に面した病院の壁は窓が少ない親切設計。そして中央の道は車椅子でも通れるように舗装され、左右には並木、その間はベンチが隙間を埋めている。道自体も途中で別れたりはするが結局中央の一本に戻ってくるようだ。


 まあ、なんというか、綺麗だ。俺が仕えていた城を思い出す。でもあれは石レンガ造りで、ここみたいな建物は角ばった形ではなく、柔軟な設計だった。

 でも、並木の雰囲気は似ている。そう、近くには小川が通っていて。

 なんだ、意外と思い出せるじゃないか。


 タツヤと息を合わせて一歩の重みに耐えながら、一つ目のベンチを目指した。

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