最終話 彼と彼女の「ただいま」

 ――翌年4月


 2年ぶりの国際観艦式が、セクション1のエスペランサコロニー群、ヌエボ・カディスで開催されている。


 様々な組織の軍艦が港湾内外に集結し、艦艇の一般見学や航宙戦闘機のデモフライト、機体展示もあるので、ヌエボ・カディスはそれを見物に訪れる人々で大賑わいだ。


 期間中、国際親善や防衛交流が盛んに行われ、観艦式ではエスペランサ軍の受閲艦艇の前を、参加国の観閲艦艇が航行し、パレードの様子はコロニーの中でも見られるよう、ヌエボ・カディス基地に設けられたパブリックビューイングで公開された。


 さらにこの日は、コロニー内を滅多に飛行しないFAが、展示飛行で飛ぶとなれば見物客は多く、基地は人でごった返している。


 ロージレイザァでも一部のクルーが上陸を許されて、基地祭を兼ねたこのイベントを見物しにきていた。


、朝から何処行ったんだ?」

 

 ステファンは、屋台で買ったホットドッグと飲み物をルゥリシアたちに手渡した。


「さぁ? あの子が気になるの? 可愛い春らしい服着てたわよ」


 ジェニファーがニヤニヤと笑みを浮かべてステファンを見ると、彼は「バカ言うな! 子供に手を出すか!」と、口を尖らせた。


 その時、ドゥっと空気を揺らす音がして、頭上を2機のFAが飛んでいく。コロニー内の演技飛行が始まったようだ。

 

 彼らは一瞬だけ白い水蒸気の帯を牽いた機体を眩しそうに見上げた。


「すごい音」

「こんな狭いとこ飛ぶの、おっかねぇ」


 ホットドッグを齧りながらパウエルが呟く。


「コロニー内の飛行資格は、大尉以上に昇進するためには必須よ。それよりはまず、月の資格取らなきゃ」

月の黒猫トムは元より、ラディウも演習の前に取ったって言ってたな。早ぇよ、あいつら」


 ステファンはズズっとコークを啜りながら空を見上げ、FAの航跡を探す。


「あいつらに、負けてられねぇな」


 白く輝くガラス面のその向こう、漆黒の宇宙を自在に飛ぶ自らを思い浮かべて、やる気に満ちているステファンは、ニヤリと笑みを浮かべた。






 そのステファンが見つめた向こう側。ヌエボ・カディスの隣には、ラス・エステラルが浮いている。


 隣のコロニーのお祭り騒ぎと異なり、ここはいつもと変わらない暮らしが営まれていた。


 そのラス・エステラルの工場地帯を、一台のレンタカーが走っている。


 オイルや金属の匂い、そびえる屑鉄の山。騒がしい機械の音。大型トラックが行き交い、慰め程度に植えられた街路樹。


 とある会社の敷地、少し手前でクルマは止まり、後部座席からライトブラウンの髪の青年が降りてきた。


 彼は懐かしそうに周囲を見渡すと、車内を覗きこんで右手を差し入れる。その手を借りてダークブラウンの髪の少女が姿を現した。


 二人はむっつりとした表情の黒髪のドライバーと言葉を交わし、手を振って別れると、「ラグナス商会」とプレートが掲げられた会社のゲートをくぐった。


 やがて「チームラグナス」と書かれた手書きの看板が現れ、矢印に沿って進むと二階建ての工場兼住居が見えてくる。


 殺風景な景観を彩る二階バルコニーの植木鉢。


 建物手前の駐機スペースに並ぶ、数台のホビーマシン。


 青年と少女――ヴァロージャ・ロバーツとラディウ・リプレーは、昨年と変わらずそこに存在する景色を見て、安心したようにお互い笑顔で頷きあった。


 観艦式のイベントの間、ほんの1日だけ特別に貰えた休日と外出許可。


 彼らは情報部が手配した連絡艇で、隣のヌエボ・カディスから飛んできたのだ。


「もう会えないって思ってたの。だから、来ることができてよかった」

「俺もだ。あんな事があったし、もう帰ることはできないって、覚悟していたし諦めていたんだ」


 二人は立ち止まり、改めて周囲を見回す。


 ヴァロージャにとって、ここは子供の頃から馴染んだ見慣れた景色。


 ラディウにとって、ここはヴァロージャと出会い過ごした思い出の場所。彼女を受け入れてくれた優しい人たちのいる場所。


 二人にとって、ここは大切な人たちがいる、大切な場所。


「行こう。みんなに会いに」


 ヴァロージャはラディウの手を握った。


「うん!」


 ラディウはヴァロージャの温かい大きな手を握り返し、頷いて微笑む。


 そして二人は足早に工場へ向かう。


 ゼッケン1が貼られたロナウドの愛機・トルエノが見えてきた。


 機体の近くで誰かが作業をしているようだ。チラチラと人影が見える。


 それを見て、2人は手を繋いだまま走り出す。一刻も早く彼らに会いたかった。


 そしてラディウとヴァロージャは、声を揃えて工場の中に呼びかける。


「ただいま!」


 工場内で大きく響くその声に、機体の影から驚いた表情のロナウドやヤマダ、サムソンが現れた。


 彼らの驚きは、やがて満面の笑顔に変わる。


 サムソンが大声で奥の事務所にいるユキを呼んだ。


 ガラスドアから顔を出した彼女は、2人の姿を見て驚きから弾けんばかりの笑顔になる。


 ヤマダはペーパーウェスで汚れた両手をガシガシ拭うと、両腕を大きく広げた。


「二人とも、おかえり!」


 そして力強いその腕で、飛び込んだ2人を優しく抱き止めた。





 --3章「彼と彼女のDetermination」おわり







 --作品あとがき--

 ヒューマンシステムを最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 一旦、二人の物語はここで終わりです。


 シルヴィアとの再戦の可能性、フレドリクとトムの事、この世界線はいくらでも書くことができるので、いつかまた次のエピソードを書きたいなと思います。


 本当に始めての長編だったんです。というか、処女作です。


 絶対終わらせるために、政治と戦争はしないと決めて書き進めました。


 現実で戦争が起きているのもそうですが、政治と戦争を絡めはじめると、終わらないような気がしたのです。


 なにより、一人の飛行士や一つの部隊で戦争の決着がつくほど、世の中はシンプルじゃない。深く政治や組織の事を書いて行く必要がある。そうすると、登場人物はもっと増える。物語は複雑になる。


 シンプルにエンターテイメントとして読める事を意識していたこともあり、あくまでもラディウという一人の飛行士を中心に据えて、彼女の世界を書いていきました。


 そして宇宙を舞台にSF。それも軽いSF。難しく考えず、気軽に読んでほしい。SFは身構えるほど敷居が高いものでもない。そんないろんな事を考えて書いていましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?


 この後は、追補編のエピソードをこちらに持ってくる予定です。そこで不定期ですが、何か短いエピソードを書き足すかもしれません。


 本編には入れなかった1章の少し前の部分、ロージレイザァでの生活のあれこれ、あと気持ちが向けばクソ重たい設定部分である、ラディウやトムの子供時代の話も書けるかな〜と思います。


 一度完結になはりますが、更新通知が来た時には、またお付き合いいただけましたら幸いです。


 次作は現在準備中です。SFテイストの現代ファンタジーなのか、現代ファンタジーのSFなのか、自分でもまだジャンルが固まっていません。ただエタらないよう、公開は書き上げてからの予定です。どうぞお楽しみに!



 最後になりますが、本当に、本作品を最後までお読みいただき、ありがとうございました。また応援や感想、レビュー、PV、それらがすべてが物語を完結させる励みになりました。重ねて心よりお礼申し上げます。

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