第40話 彼と彼女の戦い

 シエラ1とシエラ2が戦う宙域からそれほど離れていなエリアで、アトリーのロミオ1とエルヴィラのジュリエット1が、マスター型”ゲーニウス”を捕らえた。


「見つけたぞ! デカブツだ!」


 事前情報どおり、一般的なFAよりざっくりと3倍近い機体ボリュームの、黒い大型機体だ。


「大きい……」


 思わずルゥリシアが呟く。すぐにミサイル攻撃のアラームが鳴り、護衛の敵小隊が迎撃してきた。


 機体はユモミリーで一般的に使用されている戦闘航宙機”ペナーテス”。乗っているパイロットも、機体同様に一般的であれば、ロージレイザァ隊でも充分に対応可能だ。


「戦隊各機! 打ち合わせ通りに行く。撃墜できればいいが深追いはするな! 退けさせろ」


 アトリーが味方にそう呼びかけ、彼らは濃く散布され始めたHi-EJPの中へ突入していった。






 ダニエラ機がボギー4の攻撃を辛うじて躱し、スコット機が隙を狙ってエネルギー弾を打ち込む。スコットは、ボギー4に追われるダニエラを逃がすべく援護をするが、なかなか決定打を与えられずに時間と弾薬を消費するだけだった。


「”デーツーダニエラ” 聞こえるな? そろそろ残り弾がヤバい。あの手を使うぞ」


『了解。タイミングはそちらにまかせるわ』


 雑音まじりの彼女の声を聞き、スコットは自機のシステムに呼びかけた。


「<サリー> シエラ104ダニエラと例の作戦だ。いいな」

《Copy お任せください――Ready》


 一呼吸おいてボギー4に追われるダニエラが、敵機にぶつけるようなタイミングで自機のブースターユニットをパージして下側にブレイク回避した。


 それを避けたボギー4が、エネルギー弾を打ち込み破壊したその瞬間、ダニエラと入れ替わるように前に出たスコットが、同じようにブースターユニットをパージする。そしてそのまま左へターンした。


 破壊したユニットの影から更に現れた障害物の出現に、驚き戸惑うボギー4のパイロットの感情がスコットに伝わるが、彼はそれを無視して次の行動に移る。


 ボギー4がエネルギー弾で打ち込んで、ユニットを破壊する瞬間に、スコットはEEG誘導ミサイルを放ち、さらに時間差でダニエラもエネルギー弾を打ち込んだ。


 破片と攻撃で、完全に不意打ちを喰らったボギー4が、あえなく爆散する。


「リープカインドにはリープカインドを当てるって言うのは、あながち間違いじゃないな」


 大きな破片を回避しながら、スコットは機首を巡らせた。


『同感だわ。相手が連携しなくて助かった。それより”ガルムスコット”、”ガットトム”たちを』


「OK! 子猫トムの援護に回るぞ!」






 視界の隅に開いた閃光を一瞥しながら、トムは自分を追いかけてくる、フレドリク・ケロールに苦戦していた。


 やはり機体と<イフリーティ>の調整だけでは、フレドリクの動きにはついていけない。


 一緒に飛ぶイーガンが絶妙なタイミングでフォローに入るため、なんとか逃げ回ることができているが、それでも迎撃ポジションが取れずにジリジリと焦りが募る。


 ボギー4のマーカー表示が消えて、すぐにスコットとダニエラが援護に入ってきたのを、彼の<イフリーティ>が伝えた。


 4対1。トムたちはズラトロクボギー3を追い込んでいく。


 トムは余裕を見せていたフレドリクが戸惑っているのを感じた。僚機を墜とされただけじゃない。彼の気配に被せるように存在した、もう一つの気配が不安定になっている。


 おそらくマスター型を攻撃する部隊の作戦が、上手く行っているのだろう。


 フレドリクの戸惑いはそのまま隙になる。その隙をついて、トムはついにフレドリクを捕らえた。


 搭載していた最後のEEG誘導ミサイルを放つ。


 ――あの機体にフレドが居る。


 ふと共に過ごした思い出が脳裏をよぎり、友人をこの手で倒さなければならないというトムの迷いは、予定より手前でミサイルを炸裂させた。


 そのため完全に撃墜することはできなかったが、それでも破片と爆風で、フレドリクのズラトロクに大きなダメージを与え、結果的に行動不能にする事ができた。


『動きが止まった。チャンスだ! 墜とすぞ!』


 イーガンが躍り出てズラトロクに狙いを定めるが、トムはズラトロクからフレドリクの意思が消えたのを、明確に感じ取った。


「隊長! ”ガルムスコット”たちも! 待ってください!」


 トムはイーガン達の前に割り込んで、彼を撃たせまいと牽制する。


『バカかお前は!――こんな時に!』


「違う”ガルム”! フレドはもう飛べない! だから、この機は……フレドは俺に任せてくれ!」


 そう言ってトムは、ファーブニルをフレドリクの機体に近づけた。


『何をするつもりだ! ”ガットトム”!』


 咎めるようなイーガンの声が無線で響いたが、トムは気にせず自身を固定するハーネスやケーブルを外していく。


「友達を! フレドを助ける! 絶対に連れて帰るんだ!」


 そう怒鳴ると、トムは周囲の安全を確認してからコックピットハッチを開けて安全索を繋いだ。装甲を蹴り、漂うフレドリクの機体に取り付く。


 舌打ちとともに『まったく……』とイーガンの呆れたような呟きを聞きくと、トムはほんの少し不安な気持ちになったが、それを堪えてコクピットハッチ周辺を探り、外部用アクセスパネルを探し出した。


 開閉スイッチを押して少し身を引くと、一呼吸置いてハッチが開く。


 時折ノイズが走るスクリーンに囲まれた、薄暗いコクピットの中を覗き込むと、真っ黒なパイロットスーツに身を包んで力なく項垂うなだれる友人、フレデリク・ケロールの姿があった。


「フレド! フレド!」


 生きているのは、彼の左腕の端末の表示でわかる。〈ミルタ〉とのリンクが強制的に切れて、意識を失っているようだった。


「CDC、”ガット” 至急救難機レスキューを要請する」


 大切な友人だ。トムは彼をとは言えなかった。


「……元Aグループのリープカインドを保護した。座標を送信する。<イフリーティ>頼む」

《座標送信完了》


『CDC、了解』


 トムはフレデリクのホルスターから銃を抜くと、それをコクピットの外へ投げ捨てた。


「こんなところ、さっさと出よう」


 フレデリクを一刻も早く解き放ってやりたくて、トムは彼とマシンを繋ぐケーブルやハーネスを、毟り取るように外していく。


「アーストルダムに帰ろう。帰ったらいろんな話をして、みんなとゲームしようぜ」


 そう語りかけながら、フレドリクの体をシートから引っ張り出すと、トムは彼を抱えてズラトロクから離れた。


「もう終わったんだ。帰ろう」


 安全索を辿り、宇宙の暗闇に目をやると、トムは戦闘の熱が急速に冷めていくのを感じた。






 マスター型FA ”ゲーニウス”の動きは予想以上に機敏だった。


 護衛のペナーテスを相手に、ジュリエット1エルヴィラ小隊アブレスト連携飛行を駆使してもつれるように飛び、ロミオ1アトリー小隊がゲーニウスを追い立てる。


 ゲーニウスは大きな図体の割によく動くが、事前の訓練通り4対1は、リープカインドに強い負荷を与えるようだった。


「よし! もらった!」


 ステファンが短距離ミサイルを放ち機体を翻すと、別の位置にいたアトリーが先回りをして、回避運動をするゲーニウスにエネルギー弾を打ち込む。


 しかしゲーニウスはそれらを易易とかわすと、ヤマアラシのトゲようなマイクロミサイルを全方位に放った。


 ロミオ1の4機が一斉に散開して、フレアを散らしながら回避する。


 その時、ボギー1が消えた方角から信号弾が上がり、続けて別の宙域からも別の信号弾が上がった。


 それを合図に、これで潮時と見たマスター型は閃光弾を放つ。


 強く白い閃光が、カメラを一瞬使用不能する。


 各機のコンピューターがすぐに補正するが、その間にマスター型は随伴機を伴い撤退した。


 それを見ながら、アトリーは大きく息をつくと、「戦隊各機、”グルースアトリー”。深追いはしない。警戒ラインまで下がるぞ」と指示を出して、翼を翻した。






 破片と共に、満身創痍状態のリウォード・エインセルが漂っている。


 ほんの一瞬の出来事だった。


 ラディウがボギー2――シルヴィアを撃墜したその瞬間、ティーズとトルキーの追尾から離脱したボギー1が割り込んで、ラディウ機に向かってミサイルを打ち込み、そのまま射出されたボギー2の脱出コアを追って戦線を離脱していった。


 ヴァロージャにはその攻撃を防ぐことも、離脱する敵機を追う事もできなかった。


 向かった方向はロージレイザァやマスター型がいる宙域ではなかったこともあり、ティーズとトルキーはボギー1を追わずに、ラディウ機をヴァロージャに任せて救助の手配をすると、そのまま周辺宙域の警戒にあたった。


 ラディウはとっさに回避をしてコクピットコアへの直撃こそ免れたが、致命的なダメージを受けたエンジンを緊急パージしたため、リウォード・エインセルには自力で飛ぶ力は残っていなかった。


 それどころかパージしたエンジンが運悪く自機の近くで爆発し、その強烈な衝撃をもろに受けたラディウは、そのまま気を失っていた。


『ラディウ! ラディウ!』


 無線でヴァロージャの呼びかける声が聞こえ、ラディウはうっすらと目を開けた。


 ――生きている。


 薄暗い。息苦しい。身体中が痛い。そして気怠い。


 ビーっビーっとやかましいワーニング警報を切る気力もない。


『ラディウ! 応答してくれ!』


 呼びかける彼の声に応えたくても、力が入らなかった。それよりも酷く眠い。


「ヴァ……ロージャ」


 ――また、あの時のように、母艦に着いたら起こして……そしたら約束を。


 そう思いながら、ラディウはゆっくりと目蓋を閉じた。

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