第39話 彼女と彼女の戦い
『シエラ2各機、ブースターユニットを
加速後の予定ポイントに到達すると、ティーズからの指示が入った。
「”ラルス”了解。<ブルギッド>ユニットをパージ」
『Copy』
パージして機体を規定のコースに捻ると、前を飛ぶラディウ機も同じようにブースターユニットを
廃棄されたユニットが自機の上を飛んでいく。
ぐんぐん迫る漆黒のズラトロク、”ベレッタ”機と目させれるボギー2が、予想通りラディウを狙ってきた。
「シルヴィアが……来た」
スクリーンに映る情報を睨み、ラディウはやっぱりという思いと、これから命懸けでやらなきゃならない事への思いが交差して少し憂鬱になる。しかしもう、その感傷に浸る時間はない。
黒い塊のような機体が急旋回をしながらミサイルを斉射する。
小型の熱誘導型多弾ミサイルが、複雑な軌道を描いて襲いかかるのを、ラディウは冷静に回避運動をさせながらフレアを撒き、次々と爆炎の華を開かせた。
急旋回で速度が落ちるところ、スロットルを叩き込んで速度をあげる。身体に強烈なGがかかるのを、気合いとフック呼吸でやり過ごす。
ここまでは想定通りだ。”ベレッタ” が脇目も振らずラディウを追う。だからラディウは指示通り、囮になるよう飛び回った。
少しでも時間を稼ぎ、別ルートからマスター型に迫るエルヴィラとアトリーの隊から、彼らの目を逸らさなくてはならない。なによりそれを、彼女らに気取られてはいけない。
スミスの言う通り、ベレッタの強化にあの日交わした二人の「約束」が利用され、歪められた依存心を向けられるのなら、ラディウは自分の意識をベレッタへと集中させ、彼女の関心が自分だけに向くよう仕向けた。
すると、ズラトロクから発せられる意思に、歓喜が混じったようにラディウは感じた。
「執着心……安定のための依存」
遠隔接続をしたあの日のスミスの話しはショックだった。ラディウは人が変わってしまったシルヴィアを思い、それを行ったかつてのAグループの研究者たちに対して、怒りが込み上る。
「こんなのって……あんまりだ」
襲いかかるシルヴィアのエネルギー弾を躱しながら、ラディウは歯を食いしばる。
6つの軌跡が複雑に絡み合う。
”ベレッタ”の随伴機であるボギー1が、単独で戦う彼女と連携を取ろうとするのを、ティーズとトルキーが妨害し、引き剥がしにかかっている。
その”ベレッタ”に追尾されているラディウは旋回戦闘機動をとり、ヴァロージャは”ベレッタ”のズラトロクを外側から追い込んで、プレッシャーをかけていく。
しかし”ベレッタ”は
一方的な重苦しい思いを感じながら、”ベレッタ”を倒すということはシルヴィアを殺すことだということに、ラディウは今更ながらに気づいたが、それに戸惑う余裕はもうなかった。
――伝えたいことがある、やりたい事もある。
機体を振り回し、ラディウはズラトロクを睨む。
――だから、まだ死にたくない。
「ヴァロージャ、私を捕まえていて」
ラディウは自分を守るために共に飛ぶ、好意を寄せる青年の姿を思い浮かべる。それだけで、折れそうになる心が励まされ、力に変わるような気がした。
シルヴィアの攻撃を交わしながら、ラディウは射程範囲にズラトロクを捉えようと機動する。
感覚を広げ、システムと深くリンクし、彼女は愛機と一体化する。
――私たちはマシンと繋がるよう作られたけど、本当は人と繋がっていたい。
機械と人が繋がって力を発揮する
相手を信じて、繋げられればそれは力になる。
――兵器として必要とされるのではなく、人として必要とされたい。そう願うのは我儘?
ラディウはシルヴィアを視て彼女を捕えつづけた。
彼女の怒りと焦りが伝わる。
前回、軽々とあしらったラディウ機が、反応を上げて迫ってくるのだ。勝手が違うことにシルヴィアも当然気付いている。
殺す、殺すと呪文のように彼女の感情が流れてくる。それがラディウには悲しくて仕方がない。
ラディウは遠隔接続の調整をしている時に、スミスから聞いた話を思い出した。
『実はラディウとトムも、Aグループの候補だったんだ。でもシルヴィアとフレドリクの方が安定してスキル値も高かったから、ヤロシェンコは彼らを選んだ。それはほんの僅かな差だったんだよ』
最初に送られたグループが違うだけで、こうも変えられてしまった。それがお互いの運命だとしたら、あまりにも悲しすぎる。
2人の機体の位置が、くるりくるりと何度も入れ替わり、その度に射線が通るが、ラディウは最後の決断がつかない。
躊躇いが判断を遅らせる。
『しっかりしろ! 迷うな! ラディウ!』
Hi-EJPの影響が強いのに、ヴァロージャの声がやけにはっきりと聞こえ、ラディウはハッと顔を上げた。
――あぁそうだ。私がしっかりしないと、私がシルヴィアを止めないと、みんなを危険に晒してしまう。大好きな”彼”も……
ラディウの意識に、ヴァロージャが明確に浮かんだ瞬間、”ベレッタ”から歪んだ歓喜が消えた。
そしてギュンと一気に、殺意と敵意がヴァロージャに向いた。それはそのまま機体の動きに現れる。そう、ラディウを追っていた”ベレッタ”が、突如攻撃目標をヴァロージャに変えたのだ。
「いけない! ”ラルス”! ヴァロージャ!」
”ベレッタ”の変化にいち早く気づいたラディウが、急いでヴァロージャのカバーに回る。
ヴァロージャは突然に襲いかかってきた”ベレッタ”の攻撃を躱したが、あっという間に攻撃ポジションを獲られてしまった。激しくジンキングしながら、”ベレッタ”の照準から自機を外そうと試みる。
立場が入れ替わったラディウは、ヴァロージャの動きに呼応して、”ベレッタ”に外側からプレッシャーをかけていく。
”ベレッタ”は、ヴァロージャへの怒りと殺意で周囲が見えなくなっている。どうやら彼女はラディウの関心が自分ではなく、ヴァロージャに向いている事に酷く腹を立てているようだった。
「忘れてなんていないよ! シルヴィア! 私を見て!」
高機動中に呼吸のリズムを乱すのは、G-LOCを招きかねない。それでも、彼女に聞こえていないとわかっていても、そう叫ばずにはいられなかった。
「……クゥ……カハッ」
G-LOCを防ぐため、自動的にギュッと大腿と腹部に圧がかかり、嫌でも呼吸を意識せずにいられなくなる。
もう一度、感覚を広げて”ベレッタ”を捉える。
ヴァロージャのファーブニル・アイオーンが彼女を引きつける、彼の苦しげな息遣いが聞こえた。
『俺を感じろ! 俺を信じろ! 俺が君を守るから!』
何故だろう、同じ言葉をトムに言われるより、彼の言葉の方がスッと沁みてくる。
ヴァロージャがベレッタの放つ攻撃を交わした瞬間、彼女の隙ができて射線が通った。
『チャンスだ! 迷うな!』
ヴァロージャの心を感じる。
「うん」
ラディウはヴァロージャに背中を押されたような気がした。そして明確な撃墜ビジョン描く。
「ごめんね」
頭の中でカチリとスイッチを押して、機体を左に翻した。
ヴァロージャが加速して回避運動に入る。
”ベレッタ”の予測軌道上にもう一発。
狙い通りに”ベレッタ”機が動いた。そして、直撃。
破片を避けるように離脱した背後から光が刺した。
「あぁ……シルヴィ……」
自然と涙が浮かんできた。
――友達を殺してしまった。
それがラディウの隙になった。
『”エルアー”!』
途切れがちな無線から、ヴァロージャの悲鳴のような叫び声が聞こえた。ディジニが警告を鳴らす。チリッと下からくる殺気への対応が遅れた。
「避けきれない――!?」
次の瞬間、機体に衝撃が走った。
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