第38話 彼らの覚悟と彼の決意

 中距離から飛んできたミサイルを回避しながらトムはグッと奥歯を噛み締めた。


 演習の最終日に仕掛けられる可能性を、考えてないわけではなかった。少なくともトムは、仕掛けられそうな気がして、いつも以上に気が張っていた。


 そして今、この展開だ。


 トムの拡張された感覚が、明確に発射元と、”敵”と認識した4機を捉える。


「CDC!、”ガット” 。2機向かってきた。残りの2機はコースから外れた」


 Hi-EJPの濃度が急速に上がり、雑音が増えていく。トムの支援AI、<イフリーティ>が通信を調整しながら警告を発し、イーガンからも電子戦の開始が告げられた。


 多分、残りの2機はこちらに急接近しているラディウを見つけたのだと、トムは思った。そして彼は昨日のミーティングを思い出す。


 あの日その場にラディウがいた。






 11月29日の最初の襲撃、次にレオンが撃墜された12月4日の襲撃。


 機体を細かく比較分析すると、4機の特徴が一致する。それぞれ微妙にカスタムされていた箇所があったのだ。


「そうすると、最大で4機1小隊分のリープカインドしかいない……ということですか?」

「あくまでも憶測の域を出ないがな」


 トムはヴァロージャとティーズのやりとりを聞きながら、手元のデータを見ていた。


「ラディウはこの機をシルヴィア・ボルマンと断定している」


 ラディウがティーズの傍らで「はい」と頷き、彼はボギー2と仮名が付けられた機体に、シルヴィアの名前を書き加えた。


「俺……僕はこの4日のボギー1は、同じく元Aグループの、フレデリク・ケロールだと思います」


 そう言いながら、ティーズと同じようにトムが印をつける。


「他には?」と尋ねるイーガンに、トムは頭を横に振って答えた。


 暫く顎に手をやって思案していたティーズが口を開いた。


「シエラ2の編成を変える。ヴァロージャはラディウのウィングマン僚機に。トルキーは私の下につけ」


 トルキーとラディウは「了解」と言い、ヴァロージャは手を挙げて発言の許可を求めた。


「ラディウの……リプレー少尉の、分隊長の資格は?」

「まだ持っていないが、経験は積ませている。コッペリア使い同士の方が飛びやすいだろう。作戦上の特例だ」


 ティーズの言うように、彼女の方が飛行経験を積んでいる。ヴァロージャもラディウとは何度か訓練で組んだことがあるし、実際に彼女と飛ぶのはやりやすかった。


「わかりました」

「恐らく、シルヴィアがラディウを狙ってくるだろう。彼女を守ってくれ」


 ティーズの隣で資料を読んでいたラディウが顔を上げた。自身の状態を保つために気を張っているのが目に見えてわかるが、それでも一瞬だけ目が合うと、彼女が微かに口角をあげた。


「了解です」


 そんな2人のささやかなやりとりを、トムは暗澹たる思いで見つめる。気づいたイーガンがトムを一瞥し咳払いをした。


「ラディウがリミッター上限をあげても、今のままではコッペリア使いでも厳しいだろう。そこでだ――」


 イーガンが画面を切り替えて、マーカーで書き込みを入れていく。


「連中が出てきた後方には、マスター型がいる可能性が高い。そこでもし彼らと戦闘状態になった場合、シーカーを乗せた偵察機で周辺を調査し、マスター型を探しだす。そして別小隊でまずこれを潰す」


 機体を表す三角形4つを、仮想マスター型と矢印で結ぶ。


「その間、敵リープカインドを引き付けるのは我々の役目だ」


 イーガンは全飛行士をぐるりと見回した。それぞれリラックスしているようでも、その内面に潜めた緊張感が透けてみる。


「特にこの2機は、ラディウとトムに絡んでくる可能性がある。彼らの僚機の動きはわからないが……」


 イーガンは言いにくそうに顔をしかめてから、ラディウとトムを見た。


「2人には囮になってもらう。可能な限り引きつけろ」






 ジュリエット1エルヴィラ小隊シエラ2ティーズ小隊が合流し、予め増設させていたブースターポッドを点火させた。


 一気に加速してロミオ1アトリー小隊シエラ1イーガン小隊のいる宙域へ急行。数分で戦闘宙域に到達する。


 グイグイと加速する機体の中で、ラディウは加速と振動にその身を委ねていた。


 コッペリアシステムに繋がり、ディジニと飛んでいる今が1番自由だとラディウは思っているが、飛んでいる自由を楽しむ高揚感とは別の、ひんやりとした冷静な意識が彼女の感性を研ぎ澄ませていく。


 特に今は、機体との一体感はいつも以上に強い。近くを飛ぶ仲間たちの情報も難なく入ってくる。


 ティーズはいつも通りの冷静さ、ティオもいつも通り自信に満ちてる。自機の斜め後方を飛ぶヴァロージャは……あぁ凄く緊張している。


「ダメだよヴァロージャ。<ブルギッド>が戸惑う」


 彼女はそう独り言を呟くと、ヴァロージャとの通信回線を開いた。


「聴こえる? 心配してくれてるの凄くわかる。でも、もう少しリラックスして。<ブルギッド>が困ってる」


『え……あぁ。了解』


 少し戸惑うような彼の気配にラディウは苦笑した。


「さすが、お見通しか」


 ヴァロージャは斜め前方を飛ぶ彼女の機体を見つめて呟く。


 システムを介したリープカインドたちの、感覚的な言葉のやりとりにはいくらか慣れてはきたが、まだ戸惑うことは多い。


 それでも、少しずつ解るようになってきたのは、彼らと過ごす環境に慣れてきたのか、それともシステムとの慣れなのかはまだわからない。


 それよりも今は「囮になれ」と言われたラディウの僚機を任された以上、何がなんでも彼女を守りきらなくてはならない。


 ヴァロージャにとって、ティーズの頼みはプレッシャーだ。意識するしないに関わらず、責任重大で緊張もする。


 できる事なら、ティーズ自身が愛弟子を護りたかっただろう。しかし彼はヴァロージャを指名した。


 ヴァロージャも当然、彼女を助け護りたい。しかし、復帰してきたラディウと訓練した時、反応の速さについていけなかった。


 HESではない彼女のGの限界は自分と同じか、それより少し低い程度だ。それを加味しても速かった。なかなか倒せないと言っていたティーズを何度か制していたのだから、枷を緩められた高レベルのリープカインドと、専用に調整されたシステムの凄さを感じる。


 
FAとリンクするための生体ユニットとして育てられた、ラボ生まれのリープカインドに、コンテイジョン現象で覚醒し見いだされた自分は、どこまで追いつけるだろうか。


 正直なところ不安しかない。


『私、ヴァロージャが守ってくれるって信じてるから、あなたも私を信じて欲しい』


 ヴァロージャの気持ちを知ってか知らずか、2人にしか聞こえていない通信で、ラディウがそう言った。


『ヴァロージャと<ブルギッド>なら大丈夫。感じたままに受け入れて。そろそろ来るよ。気をつけて』


 そう言った後に、ラディウ機の<ディジニ>が各機に敵機接近の警告を送ってきた。


 当然、ヴァロージャも<ブルギッド>から報告を受けると、彼は数回ゆっくりと深呼吸をした。


 今、斜め前を飛ぶ少女は、ラス・エステラルを脱出したあの時のように、色々と見通しているのだろう。


 ヴァロージャはもう一度、大きく深呼吸をした。彼女を守るために飛ぶ。そして今度こそドア越しではなく、顔をみて伝えよう。


「わかった。必ず守るから安心してくれ」


『ン、頼りにしてる。切るね』


 漆黒の矢が2本、まっすぐ向かってくるイメージを、ヴァロージャは捉えた。


 彼らが仕掛けてくる。

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