第37話 彼と彼女のアラート指令
あれから数日後、ラディウが飛行任務に復帰した。
すでにベータカーポティでの演習も終盤に差し掛かかり、あれから幸いな事に、ウィリーズやユモミリーと思われる勢力からの襲撃もなかった。
そのような中で復帰してきたラディウに、トムもヴァロージャも待機室なら自由に会話もできるだろうと思っていたが、彼女は人を避けるように、待機中も一人でコクピットの中にいる。
哨戒任務や訓練で飛んでいても、彼女は師であるティーズの教えで、普段からフライト中に余計な雑談や発言は殆どしない。
小隊の違うトムはもとより、同じ小隊のヴァロージャとする会話も、任務やフライトに必要な項目の、事務的なやり取りにとどまっていた。
その時のラディウの口調や表情は、ヴァロージャがラグナス1で彼女を救助して、初めて会った時を思い起こさせる、彼女の仕事中の顔だった。
ヴァロージャたちから見て、一見すると窮屈そうな状況に、ラディウはいつもの実験やテストフライトのように淡々と受け入れてこなしている。もともとそういう状況に慣れているのと、少なくともアーストルダムに戻るまでこの状況が続くことを、ラディウはウィオラから説明を受け、それを理解して受け入れていた。
「こうしてずっとコクピットにいると、自分がFAのための存在だって実感する」
アラート勤務の待機中、様子を見にきたメリナの前でそう言った時、それを聞いた彼女は哀しそうに苦笑して、ラディウを優しく抱きしめた。
お互いのヘルメットがコツンと当たる。
「もう少しの辛抱よ。ミッションが終われば、いつも通りになるわ」
「わかってる。私は大丈夫。<ディジニ>と一緒だし。部屋にいるより、ここで直接繋がっている方がずっと楽で落ち着くの」
そう言って穏やかに微笑む少女に、メリナは小さく頷いて離れた。
――このまま、何事もなく演習期間が終われば良い。
そうすれば、心配事は杞憂で終わる。
メリナだけではなく、誰もがそう思っていた。
その時、願いを断ち切るように、ビーーーーーとけたたましく警報が鳴り響いた。
アラート指令の発令だった。
ラディウの顔から笑みが消え、<ディジニ>と共にシステムのチェックを始める。
それとほぼ同時にCDCから出撃指令が出された。
『アラート発令 ジュリエット1、シエラ2、スタンバイ』
ラディウは自身の装備状態を素早く確認する。そしてメリナに下がるよう促そうとした時、視界一杯に彼女の身体がかぶさってきた。
「メリナさん?」
「ラディウ、気をつけてね。ちゃんと帰ってくるのよ」
彼女がもう一度ラディウを優しく抱きしめ、ラディウもその背中に両腕を回した。
「私、またメリナさんと、服を選びに行きたい」
「えぇ、また一緒にいきましょう。デートで着られる、とびきり可愛いのを選んであげる」
その瞬間、ボッとラディウは耳まで赤くなった。
「すごく嬉しいけど、やだ、恥ずかしい! え!? まって、なんで知ってるの!? ちょっと<ディジニ>! 何かバラした?」
思わずコッペリアシステムのコミュニケーションモニターを掴む。
《Negative. この3ヶ月間、少尉とのプライベートな思考ログは、開示されていません》
ラディウは驚きと恥ずかしさで半泣き状態だ。全てのデータは記録されているのは知っているが、ディジニと交わしたプライベートなやり取りや、彼女の思考までとは思っていなかった。
《非戦闘時に何を記録するかの判断は、私に委ねられています》
「待って、待って……え!? それって私の権限より上位の管理者には、内容を見せるの!?」
《Affirm. ただし使用者が開示を一部制限することが可能です》
本当は全部制限したいが、それが無理なのは承知している。
「今すぐ制限して! 即時実行! 特に彼に関する事は、あなたと私の秘密だから!」
《YES, Ma'am》
そんな2人のやりとりを見て、メリナは思わず噴き出した。
「そんなの、<ディジニ>に聞かなくても、あなたたちを見ていればわかるわよ」
ワタワタと慌てる彼女を、メリナは微笑ましく見つめ、「余計な力が抜けたわね。いってらっしゃい」とラディウの肩を叩いた。
ラディウは真っ赤な顔で「いってきます」と微笑すると、軽くメリナの身体を押して、今度こそ彼女に下がるよう促した。そして一度大きく深呼吸をしてから、コクピットハッチを閉鎖する。
メカニックの手により、機体に繋がれているデータリンクと電源ケーブルが外され、ラディウは彼らの退避と小隊メンバーが機体に乗り込む様子を確認した。
視界の片隅では、ティーズ機が移動を始めている。
「<ディジニ>、ヴァロージャの準備が終わったら、すぐ私に繋いで」
《了解》
程なくしてアラートの緊張感と戸惑いをのせたヴァロージャが応答した。
「このタイミングでごめん。少しだけ、いい?」
『どうした?』
「その……この間はありがとう。来てくれて、嬉しかった」
通信用ウィンドウに表示された、彼の顔を見るのが恥ずかしくて、ラディウはもじもじしながら言う。
「それで、あの……戻ったら、聞いて欲しい事があるの。いいかな?」
ヴァロージャの顔から戸惑いが消えて笑みが浮かぶ。
『いいよ』
その答えにラディウは微笑み、心を決めた。後で大人たちに怒られても、まず帰投したら真っ先に彼のところへ行こうと。
「ありがとう。本当に嬉しかったの。じゃあ後で」
『あぁ、また後で』
ラディウはヴァロージャとの通信を切ると、目を閉じて数回大きく深呼吸をした。
帰ってからの事を思うと自然と口元が緩むが、「よし!」と自分に気合を入れ直し、改めてCDCからの最新情報を確認する。
《セクター2でロミオ1とシエラ1が、”ウィリーズ4機”と接触》
――だから、私たちに出撃命令が出た。
ゴンという振動とともに、機体がカタパルトデッキへと引き出される。
気持ちを切り替える。
飛ぶ時はラディウではなく、”エルアー”だ。
「<ディジニ> コクピット プリフライトチェック」
スティックを大胆に回したり、ペダルを操作したりして、正常に稼働するかどうかの最終確認。全て正常。
『シエラ2各機、指定ポイントで合流後、ブースターポッド点火』
ティーズの指示に、トルキーやヴァロージャの「了解」の声を聞きながら、ラディウも同様に「了解」と告げる。
数秒後、ティーズのメテルキシィカスタムのノズルが輝き、暗い宇宙に飛び立っていく。つづいてトルキーが飛び立つと、次はラディウの番だ。
カタパルトを前に、ラディウは気持ちを落ち着かせてから目を開ける。
管制から発進許可。
エンジン出力をMAXパワーに。スロットルをディテントにしっかりあてて、頭もヘッドレストにあてる。最後にスティックから手を離す。
通信用ウィンドウに映るシューターとサインを送り合うと、機体が宇宙に叩き出された。
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