第33話 彼女の質問

 彼女たちに用意された病室は上級将校用の個室で、そこに必要な機材が設置された。


 見慣れた機材や新しいユニット、床を這うケーブル。まるで室内は普段のアーストルダムラボの実験室のようだとラディウ思った。


 薄い水色の検査着を纏った彼女はベッドに腰掛け、小さな子供のように足をブラブラさせながら、周囲や大人たちの様子を眺めていた。


「シルヴィアはどうして私を執拗に狙うんだろう」


 暇を持て余しているラディウは、機材をチェックしているスミスにそれとなく尋ねてみるが、彼は作業に集中する振りをして聞き流している。


「月でどうしてあんな目で睨んだんだろう。私、シルヴィアに何かしちゃってたのかな?」


 本人は一応、気を使っているようだが、彼女の深い緑色の瞳と目が合う度に、スミスの緊張感が増す。


 スミスは彼女と会う前に、Aグループの研究内容の一部を彼女が知ったことと、入手方法も含めて、あらましをウィオラから聞いていた。


 顔を合わせれば、ラディウが質問してくる事はある程度予想していたが、調整前の彼女の機嫌を損ねるわけにもいかず、スミスは困り果てていた。


「シルヴィアは私に『忘れないで』って言った。でも月のシルヴィアはまるで別人だった。私の事を覚えているのに、どうして?」


 執拗な問いかけにどうしたものかと思い、反対側で作業をしているウィオラへ助け舟を求めて目をやると、彼は「いいですよ」と小さく頷いて見せた。


 Aグループで何をしていたか、シルヴィアに何が起きたのか、ここで彼女に説明できるのは彼だけだ。


 スミスはフゥっとため息をついて手を止めて、ラディウに向きなおり、彼女は揺らしていた足を止めてスミスを見上げた。


「これから言うのは、あくまでも憶測だ」

 

 そうスミスは切り出した。


「行きすぎた調整と強化は、安定のために強い依存対象を必要とする。シルヴィアは、ラディウに向けた『忘れないで欲しい』という願いを利用された可能性がある。もしかしたら、シルヴィアにとっての依存先はラディウなのかもしれない」


 ラディウは眉をひそめ、小首を傾げた。


「依存?」


 戦闘中に受けた敵意や殺意、アスワンの共同墓地で見せた表情。あれを依存というのか、それがどう依存につながるのか見当がつかない。


「執着心と置き換えてもいい。それを心のよすがとする」


 ラディウは背筋にゾクリとした寒気を感じ、微かに身を震わせた。シルヴィアとは同じラボで、同じようなシステムの研究に参加している。他人事ではない気がしたのだ。


「執着心……安定のための依存……私たちにも、そういうの……あるの?」


 ラディウは恐る恐る振り返りウィオラに尋ねると、彼はあっさり「あるよ」と肯定した。


 その言葉にラディウの肩が怯えるようにピクリと動き、おずおずと「……トムとイーガン少佐、私とティーズ大尉?」と尋ねた。彼女の瞳が不安げに揺れている。


 トムがイーガンにキラキラと尊敬した眼差しを向ける事も、自分がティーズといる事で安心感を覚える事も、ラボで育てられてきた過程の中で、知らずにそうするよう操作され、刷り込まれてきた結果だとしたら、何が本当の自分の気持ちなのか分からなくなりそうで怖かった。


「そうだね。でも僕らは誘導はしても、強くは仕向けてはいないよ。ほぼ君たちが自分で選んで行動している。そもそも君の不安定さは生来のものだ」


 ウィオラに指摘される自身の不安定さは否定できないが、ティーズに師事するかどうするか、選択する自由は確かに与えられていた。


「もし僕らがラディウを大尉に依存するように調整していたら、君はティーズ大尉の言いつけを破ったり、逆らったりはしないだろう?」


 色々と心当たりがありすぎて、ラディウは「うん……」と頷いて身体を小さくする。


「君が心配するような強い依存状態にはない。時期が来ればちゃんと自立できる。今はまだその時じゃ無いだけ」


 ウィオラの話が終わったタイミングで「Dr.ウィオラ、こちらの準備完了です」とスミスが声をかけた。彼は仕事の場では上司にあたるウィオラを立てるよう振る舞っている。


 程なくしてコッペリア本体を監視しているメリナとポートマンからも準備完了の連絡が入った。


「はい、これつけて」


 ラディウはベッドの上に上がると、ウィオラから手渡されたチョーカーのようなセンサーを首に巻く。


「おわったら、ご褒美ある?」


 慣れた手つきで両手首と足首にもリング状のセンサーを取り付けるながら、ウィオラに尋ねる。


 小さい頃、少ししんどい実験や訓練が終わると、ウィオラはご褒美に金平糖を一つ、彼らに渡していた。


 初めて口にした時、その甘さと美味しさに目を丸くしたし、ガラスポットに入っていた色とりどりのそれは、見ているだけで楽しかった。


「君の大好きな金平糖は持ってこなかったな」

「それは残念」

「まだ欲しかったいか?」

「ン……たまにはね」


 最後にウィオラから手渡された、カチューシャのような遠隔接続用のヘッドセンサーをつけると、ジェドとスミスが全体の装着状態を確認する。


 ウィオラが首と頭のセンサーを起動させた時、ラディウがためらいがちに「Dr.ウィオラ……お願いがあるの」と、つま先をパタパタさせながら声をかけた。


「それは、君のモチベーションアップになること?」


 ラディウは返事のかわりにニコリと微笑んで、小さく頷く。


「また、長いお休みをもらったら、私……ヴァロージャと一緒に、ラス・エステラルに行きたい」


 それを聞いたスミスが驚いたように彼女を見て、次に微笑ほほえんだ。ウィオラも「そうか……」と呟いた。


 ラディウも自分が無理を言っているのはわかっているだけに、そんな彼を少し不安げに見つめる。


 暫しの静止と沈黙の後、「わかった。考えておく」とウィオラは笑い、その答えにラディウは嬉しそうに頷いた。


「説明したように今日はまず、遠隔接続のリンクと調整を行う。リミッターは明日の10時から」

「はい」


 繋ぐときは危ないからと、ウィオラはベッドで休んでいるよう指示し、ラディウといそいそと毛布を引っ張り上げて横たわった。


「ではコッペリアとリンクする。いいね?」

「はい」

「じゃあ、始めるよ」


 ラディウは緊張する気持ちを落ち着けるよう深呼吸する。


「リンクシークエンス開始」


 ウィオラの宣言とともに、いつもの接続感が身体を駆け抜け、彼女は眉間に皺を寄せて身体をピクリと震わる。


 ――余計な事は考えない。受け入れる。


 一瞬置いて、頭がクリアになる。


「どうだ?」


 ラディウが答える代わりに、<ディジニ>が反応した。


『リンク完了。各パラメータ、オールグリーン。L1142419 Talk Ok』


「ラディウ、気分が悪くなったら言うんだよ」


 ウィオラの呼びかけに、ラディウは目を開けてチラリと彼を見ると、ニコリと笑う。


 展開されているスクリーンに、文字が出力された。


《うん。今夜は御飯、食べられる?》


 それを見て、ウィオラとスミスがクスリと笑った。


「もうお腹がすいたのかい?」


《この時間からの作業だと、抜きなのかなぁって》


 本体であるリウォード・エインセル側で作業をしているメリナとポートマンにも、この会話情報は共有されている。


 ラディウには2人が笑っているのがわかる。笑っている時のポートマンは怖くない。


「君が眠りこまなければね」


《じゃあ頑張って起きてる》


「無理しなくていいよ。心配しなくても終わったら晩御飯は出るから、眠くなったら寝ていい。ちゃんと起こす」


 ラディウは頭を左右に巡らして《ひょっとして、これって夏にやったエイリアスの応用?》と尋ねた。


 ウィオラは「そうだよ」と答える。


《そうか、みんな繋がっているんだ……》


 ラディウの呟きがそのまま出力される。彼女は白い天井に目をやった。


「よし、全部同期してる。さぁ、お喋りテストは終わり。始めるよ」


《了解》


 ラディウは目を閉じるとゆっくり大きく深呼吸をして、次の流れに備えた。

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