第31話 彼と彼女のランチタイム
ラディウがウィオラの元を訪れて6日、あの戦闘以降、ウィリーズの動きは何もなく、予定通りロージレイザァは対リープカインド戦の訓練を終えた。
当初の計画では、ロージレイザァはこのまま演習に参加する艦隊と合流をする予定だったが、ウィリーズと遭遇した事で、艦隊本部はロージレイザァ艦隊を演習宙域の警戒に回した。それと同時にラディウたちもロージレイザァに留まり、協力して演習期間中の敵の動きに備えるよう命令が下された。
予定変更と戦闘の影響で、急遽でアーストルダムから追加補充パーツや物質が運ばれてくることになり、現在ロージレイザァは間も無く到着する、補給部隊とのランデブーポイントで待機している。
その日の昼食時、ラディウたちBグループは、偶然ダーティシャツの入り口で、ステファンたち94期の面々と鉢合わせた。
出会った彼らが一緒に食事をしようとなるのは、至極自然な流れだった。
「今日はカレーの日か。それもソコイチスタイル!」
スコットは室内に漂うスパイシーなカレーの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。口の中に唾液が広がり、食欲ゲージがガンガン上がってくる。
「俺、カレー大好き! 3食毎日いける!」
トムはそう無邪気に笑い、カウンターからライスが盛られた皿を受け取った。
「俺はソコイチのカレーが好きだな。勿論、ここのも旨い。あ、大盛りでお願いします」
ステファンの皿にライスがドン!と盛られる。
「私もソコイチ大好きよ。クセになる美味しさよね。帰ると必ず行っちゃうわ」
先を進むルゥリシアの皿に、カレールゥがかけられた。広がるスパイシーな香りに食欲が刺激され、彼女はトッピングにほうれん草とフィッシュフライ、それにチーズを選んだ。
「ソコイチ最高! あ、カツを先に乗せてください」
トムはトッピングのカツを先にライスの上に乗せてもらい、その上からカレーをかけてもらう。
「あぁン? カツは後乗せ一択だろう? サクサクがいいんだろうが。自分、カツ後乗せでお願いします」
フライヤーから揚がったばかりのロースカツが、ステファンのカレーに盛り付けられ、それを見た彼は満足そうに笑みを浮かべる。
「揚げたてサクサクをシナシナにするなんて、カツへの冒涜だ。さてはお子様舌で『熱くて食べられません』ってやつか?」
「五月蝿いラスカル! 衣がカレーを吸った感じが最高なんだよ! おっさんは味覚が鈍いから、複雑な味わいがわかんないんだよな。お気の毒!」
ステファンとトムのくだらない言い合いに、ジェニファーが呆れたように首を振る。
「そこ、カツの乗せ方で戦争しないで」
ラディウは不思議そうな表情で皆が口にする「ソコイチ」と言う単語に首を傾げる。
「ソコイチって?」
ラディウはライスを受け取りながら、隣のヴァロージャに尋ねた。
「知らないのか? ”ソコ壱番軒”。もしかして行った事ない?」
「うん」
「まじか!……ていうか、そうだよな」
この数ヶ月、彼女らと同じ生活をしていれば、外部の事をあまり知らないのも無理はないと、ヴァロージャは思い至り同情する。
「ライスにカレーをかけるスタイルのチェーン店のカレー屋さん。トッピングや辛さをカスタムできる、安くて美味しい店なんだ」
「ふーん。それはアーストルダム基地の中にある?」
「ある。ショッピングモールのフードコートに入ってる」
それなら許可を取れば、情報部での仕事帰りに寄れそうだと、ラディウは考えた。
「スコット兄ぃはソコイチのトッピング何が好き?」
ツクヨミ基地内を自由に行動できるトムは、当然ソコイチを知っている。
彼は明太パスタサラダをトレイに乗せながら、スコットに彼の好きなトッピングを尋ねる。それを受けてスコットは「ふわふわタマゴと、とろけるチーズだな」と答えながら、ふと入り口に目をやって顔をこわばらせた。
「やっべ! Dr.ポートマンだ。ラディウ、サラダ取って、サラダ! 葉っぱの! 急げ」
「あ! うん」
スコットは慌ててトレイに乗せたマカロニサラダを戻し、ラディウが手渡したグリーンサラダと載せ替える。ラディウも急いで手近にあった玉ねぎと海藻のサラダをトレイにのせた。
「あら、あなたたちもお昼? トーマス、パスタはサラダじゃないわ。そっちの野菜サラダにしなさい。ツクヨミで指導受けてないの?」
「そ……そんな事ないです。受けてます!」
トムは少し名残惜しそうに明太パスタサラダをトレイから下ろし、言われたサラダを手にする。よりによって彼の大嫌いな人参がたっぷり乗っているのをみて顔を顰めた。
ポートマンは「よろしい」と頷くと、「ラディウ、ちょっと」と彼女を皆から離した。
「何でしょう?」
「Dr.シュミットが到着したわ。今日の夕方から医療部よ。時間は後で知らせる。いいわね?」
「はい」
ラディウに声をかけようとしたトムは、皆から少し離れたところで、ヒソヒソと話をするポートマンとラディウを見て、訝しげに首を傾げた。
「ラディウ?」
トムの声に気づいた彼女は、ポートマンに「では後で」と小声で言うと、彼に向かってにこりと笑った。
「ごめん、今行く。みんなはどこ?」
「あっちのテーブル」
そう言って奥の一角に目をやると、まずスコットの長身が目に入った。次にステファンのよく響く大きな声も耳に入る。
「ラド……何かあった?」
トムは不安げにラディウの様子を窺うが、彼女は別にと首を振る。
「ポートマン先生とは仕事の話。さぁ行こう、お腹すいた」
ラディウはそう言ってさっさと皆がいるテーブルに向かい、トムはその背中を見つめた。彼の視線に気づいたのか、彼女が振り返り微笑んだ。
「トムどうしたの? ご飯食べようよ……あ、そのニンジンさ、私のトマトと交換して?」
トムはラディウのサラダの上にのっているプチトマトと、自分のニンジンを見比べた。
生のトマト……特にプチトマトが嫌いな所は、トムの知っているラディウのままだ。
「……うん、交換しよう」
トムはそう言って彼女の後を追い、仲間たちの輪の中に入っていった。
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