第28話 彼女の相談

 彼女の言葉に、ウィオラは眉をひそめた。


 今までラディウの言う「強くなりたい」は、FAパイロットとして「上手くなりたい」と同義語だった。それが今、薬物を使って自身を強化しろと言う。「理由は?」とウィオラが先を促した。


「今の私は彼女に……シルヴィアたちが使うウィリシステムに対抗できません。彼らと同じレベルか、それ以上まで反応を早めないと勝てない。だから……」


 ラディウの瞳が一瞬だけためらいがちに揺れたが、すぐに真っ直ぐウィオラを見つめた。


「リミッターの解除ではなく、薬の投与?」


 ラディウが頷く。


「パイロットスーツの薬物投与のソケット。緊急時用とは別の、オプション枠が空いてますよね? そこを使って、彼らと遭遇した時に薬を使えば、一時的に反応を早めることができるでしょう?」


 ラス・エステラルを脱出した時のように、システムと繋がった状態でリミッターを解除する方法もラディウは考えたが、コンテイジョン現象がヴァロージャに与えた影響の事もあり、安易にリミッターを解除については言い出せなかった。


 だからリープカインドの能力強化薬の一つである、L-PSDの投与をウィオラに求めたが、彼は彼女の提案に一言、「それはできない」と返した。


 そのウィオラの回答にラディウはどうして? と首を傾げる。


「何度か使っているのに?」

「君には必要ないと思っている。君に使っているのは、ごく少量を限界試験の時しか使っていない」

「でも、今のままだと私は彼女たちに勝てない」


 ラディウはギュッと膝の上に重ねた両手を握りしめる。


「反応速度も何もかも、夏の時とは大違い。かわすのが精一杯だった……今度会敵したら、本当に墜とされるかもしれない」


 被弾した事で、思うように飛べなかった先日の戦闘の恐怖を思い出し、彼女はブルリと身体を震わせる。


 ウィオラは椅子の背もたれに身を預け、ふぅっと息をついた。


「あの薬を戦闘の度に使っていては、いつかは正気が保てなくなる。僕はそうまでして君を消耗させたくない」


 戦闘後の報告で、ウィオラはラディウの感じた恐怖と不安は理解しているが、強制的に彼らの能力を向上させる薬の使用については消極的だった。


「普段から色々な薬を使っているのに?」

「ラディウがどう思っているか知らないが、こちらもきちんと考えて使っている」


 ウィオラの言葉を受けて、ラディウはスクラートから受け取ったデータにあった論文のタイトルを誦じた。


「『Aグループ、L-PSDの定期投与による能力開発促進と維持、及びBグループ低容量型L-PSD投与による比較評価試験』」

「さっきから薬の名前と言い、その論文と言いどこでそれを?」


 ウィオラが厳しい目で彼女を見る。本来、彼女が知り得る情報ではなかったからだ。


「Aグループが何をしていたのかを知りたかったから、教えてくれそうな人を探して教えてもらっただけです」


 少し拗ねたようなラディウの物言いに、ウィオラには彼女の情報源が、日常的に彼らに接しているラボ内の人間ではない事と、彼女が相手に何をしたかを察した。


 ウィオラは暫く考えると心当たりを思いつき、彼女の投薬履歴を確認した。


「……10月29日、月から戻って情報部に出勤。大尉から鎮痛剤を受け取っている。その日の夜も追加で飲んでいる。この日か?」


 ラディウは肯定するかわりに、スッとウィオラから逃れるように目を逸らす。


「誰に対してをやったのか、答えなさい。ラディウ・リプレー」


 静かだが逆らえない声音に、ラディウは素直に白状した。


「……1課のスクラート少佐」


 それを聞いて、ウィオラはため息をついて頭を抱えた。


「どうしてそんな事をしたの、理由は?」


 両手で前髪をかきあげながら、厳しい眼差しをラディウに向ける。


「月でシルヴィアが、あまりにも別人のようになって、私のことも忘れていて、彼女が2年前に『私が消える』と言った言葉が忘れられなくて……」


 ラディウは膝の上に置いた両手を見つめる。


「かつてのAグループの研究の先に今の彼女がいるのなら、なんの研究をしていたのか知りたくなったんです」


 ウィオラは時折メモを取りながら、厳しい表情のまま彼女の話しに耳を傾ける。


「月からの帰り道で、シュミット先生に聞いたんです。当然教えてもらえなかった。正攻法で先生に聞いても教えてくれないでしょう?」


 彼女は顔を上げてウィオラの様子を窺う。彼はメモを取る手を止めてチラリと彼女を見た。


「そうだね。教える必要がない」


 きっぱりと言い切るウィオラにラディウは、「ですよね」と苦笑まじりに呟いた。


「だから、知っていそうな人に聞いたんです。それに――どうせこの記憶、次の検査の時に消しちゃうんでしょう?」


 彼女は記憶を消すと認識しているが、正確には暗示をかけて思い出しにくくするだけだ。ウィオラはあえてそれを指摘せずに、彼女の認識のままにさせておく。


「少佐から貰ったデータ、いま持っているので渡します。勿論、他の子には言ってませんし、メモもコピーも残していません」


 ラディウはゴソゴソと制服のポケットからデータメディアを取り出すと、そっとウィオラの机に置いた。


 彼はそれを手にすると自身の端末に読み込ませ、彼女が何をどこまで知り、なんのデータにアクセスしたのかを確認した。


「忙しかったのと、それより途中で辛くなって、全部は読んで無いです」


 メディアのフォルダの中には、彼女が先ほど誦じたタイトルの論文を含めた数本が収められている。


 内容から察するに、スクラートが彼女に強い影響を与えず、かつ彼女の要求に応えそうなものを、わざわざ選んで渡した事は明らかだった。


 ウィオラは1課に貸しをつくったなと思い、ため息をついた。それを見てラディウは申し訳なさそうに肩を落とし、身を小さくしている。


「知らなくて良い事もあるって、よく分かった……知ったら苦しくなっただけだった……ラボの規則を破って、勝手な事してごめんなさい」


 ラディウは彼のディスプレイに表示されたファイルのリストにチラリと目をやり、恐る恐るウィオラの様子を伺った。彼と目が合う。


「ティーズ大尉はこの事を知ってる?」


 彼女は首を横に振る。


「じゃあ、後で報告して謝ってきなさい。帰ったらスクラート少佐にも謝りに行く。いいね」


「はい……」と答え、ラディウはうなだれたが、すぐに「先生、教えてください……」と言って顔をあげた。


 ウィオラは「言ってごらん」と促した。

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