第27話 彼は彼女を気にしてる

 トムの独り言を聞きながら、ラディウは今日の戦闘映像をじっと見つめていた。


「このままじゃ、次は確実に撃墜される……」


 今回はたまたま犠牲者が出なかっただけで、次も大丈夫とは言えない。だから何か方法を考えなくてはならない。


「システムとのリンクを強化する方法、反応をもっと速くする方法……」


 ――考えろ。ズラトロク……ウィリーズ……シルヴィアに勝つ方法。


 外部の状況を知るために開いている別のウィンドウに、交換用の新しいエンジンが運ばれてくる様子が映った。その手前を、被弾してひしゃげた外装パネルを持ったメカニックが横切る。


 外の景色に目もくれず、ラディウは黙って腕を組んだまま、フライトジャケットの袖を握りしめた。


『ラド?』


 モニター越しにトムが声をかけるが、ラディウは気づいていない。


 トムは微かに眉を顰めた。


 ――また一人で何か考え込んでる。


 嫌な予感がした。


『……ラド!』


 強く呼びかけられ、ラディウはハッとトムと顔を合わせた。


「あ、ごめん。何?」


 トムはジッとラディウを見つめると、深いため息をついた。


『頼むから、一人で何かを決めちゃうなよ。ラディウの悪いところだ』


「……何も決めてないよ」


 ラディウはそう言って微笑んで見せるが、トムは首を横に振る。彼女が「」を決めてしまいそうでトムは不安だった。


「トム?」


『情報部へ……ティーズ大尉のところにいくのも、1人でサッサと決めちゃうし』


 小さなウィンドウの中で、トムは目を逸らす。


「あの時のこと……まだ怒ってるの?」


『それはもう、怒ってない。ただ――』


 トムはお互い狭いコクピットの中で閉じこもり、回線越しに話をしている不自然さに内心で苦笑する。同じ場所にいるのだから、お互い顔を合わせて話せば良いのに、なぜかこの方が面と向かって話すよりも、口が滑らかに動くような気がした。


「ラディウの中に俺が居ないのはわかってる。でもさ、仲間だろ? 友達だろ? 今は離れているけどずっと一緒だったんだ……相談の一つぐらいしてくれよ」


 画面の中のラディウが目を伏せた。


『……私、去年から実戦に出るようになって、いつ死んでも構わないって思ってた。宇宙で死んだら、何も残らなければ自由になれるって思ってた。実験で死んだアニーみたいにはならないだろうって』


 アニー・ボードウィン。レーンと同期でグループのお姉さん的存在だった少女。トムも詳細は知らないが、彼女は実験中に亡くなった。知っている命の弾け飛ぶようなあの感じは、今思い出してもゾッとする。


 Bグループのメンバーは、誰も彼女の遺体を見ていないが、ラボで亡くなった被験者は亡骸になってもサンプルとして扱われるという噂は、他グループの被験者らの間でまことしやかに囁かれている。それを受けて同じグループの一つ上の先輩、キャサリン・イルマは「死ぬときは爆発がいい」とまで言い出す始末だ。


『2回漂流した話を前したよね、あの時はこのまま死んでもいいって思った。レーンとウィオラ先生の前で、墜されたときに死んでれば良かったって言ってしまった時、レーンに本気で怒られた』


「死」はレーンの地雷だ。アニーの事故はレーンの目の前で起きた。それ以来、レーンは仲間の死に対して酷くナーバスになった。その彼の目の前で「死んでいればよかった」と言ったラディウに、レーンが激昂するのも無理はない。


 それにトムだって、彼女に面前で言われたら、掴みかかって怒鳴りつけていただろう。


『でも、ヴァロージャと漂流して、生きるのを諦めそうになった時、彼はずっと前を向いて帰ってからの話をしてくれた』


 ラディウの口からヴァロージャの名前が出てきたとき、トムの胸がチクリと痛んだが、それをおくびにも出さず「……うん」と相槌を打つ。


「今は? ラドは今も死にたいの? 死んでもいいって思ってる?」


 トムの問いかけに、画面越しの彼女は目を伏せたまま首を横にふった。


『今は、そう思ってない。やりたいことがあるから、まだ生きていたいって思ってる』


 ラディウが言う「やりたいこと」が何なのか、トムにはわからなかったが、聞いてみたいと思った。


「……ラドのやりたい事の中に、俺とのことって含まれてる?」


 顔をあげたラディウが怪訝そうに首を傾げた。不安気に尋ねるトムを見て、彼女は微笑した。


『含まれている。トムにツクヨミを案内してもらってないもの』


「そっか……ツクヨミ……うん、案内しなきゃね」


 FAで一緒に飛ぶとかではなく、ちょっぴり期待していた幸せな未来の事ではなく、ツクヨミの案内――。

 

 スウェン家での話を覚えていてくれたのか、本気でそう言っているのか、それとも自分を絶望させないために彼女が優しさでそう言ったのだとしても、トムは嬉しいと感じた。


 もう一度ウィンドウを見ると、同期の少女は厳しい仕事の時の表情で、戦闘映像を見つめている。


『だからこそ、皆を死なせないための、死なないための方法を考えているの』


「ラド……」


 やはり彼女は「」しようとしている。


 自分の言葉と想いは、彼女の心に届いているのだろうか?


 お互いコッペリアシステムに繋がっているのに、大切に想う少女の考えがそれ以上わからないことに、トムは悲しくて苦しくなった。






 翌日、ラディウは医療部のDr.ウィオラの元を訪ねた。

 約束している時間より少し早く、不安げな表情でそっと室内を覗く彼女を、ウィオラが手招きする。


「珍しいね、君が自分から来るの。おいで、何かあったの?」


 ラディウは勧められた椅子に座ると、心を落ち着けるように一度大きく深呼吸をした。


「……先生に、相談があるの」


 椅子に座ったラディウは少しソワソワし、どう言葉を切り出すか迷っているようだった。


 いつになく神妙で、それでもどこか甘えるような雰囲気のラディウの言葉を、ウィオラはじっと待つ。


 一呼吸おいて、まず彼女は気になっている仲間の事を尋ねた。


「……レオンさん、大丈夫ですか? 復帰できるんですか?」

「彼なら心配はいらないよ。もう回復しているけど、もう少しここで様子見」


「良かった……」と彼女は微かに微笑して呟く。


「ひょっとして、彼のお見舞い?」


 ラディウは首を横に振って「違います」と否定すると、一度天井を見上げ、ふぅっと息をついてから、ウィオラと目を合わせた。


「先生、昨日の戦闘データは確認済みですよね?」

「あぁ、見ているよ」


 彼女は小さく頷くうなずと、意を決したように口を開き本題を切り出した。


「先生に相談したいのは……戦闘時に私に薬を……L-PSDを投与してもらえませんか?」

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