第26話 彼は彼女と話したい

 ロージレイザァの下部格納庫で、リウォード・エインセルの被弾した左エンジンが取り外された。


 
 その機体のコクピットの中で微かな振動を感じながら、ラディウは繰り返し最初の遭遇時の各機データと、先ほどの戦闘データを延々と見続けている。


 デブリーフィングが終わり、報告書を書いたらさっさと食事をして寝てしまう彼女が、報告書だけその場で書き上げて提出すると、食堂で軽食のパックだけ手にとって格納庫に戻ってきた。


 整備担当のメカニックやメリナと修理スケジュールを確認し、「戦闘データの検証」と言ってコクピットに引きこもってから、すでに2時間近く経っている。


 ピッと他機からの呼び出しが入った。


 <ディジニ>に繋ぐよう指示をすると、すぐに通信用ウィンドウが開いた。ちらりと目をやると、ファーブニルのコクピットに座るトムが映っている。


「何か用?」


 ラディウはトムの顔を一瞥すると、すぐに正面の戦闘映像に目線を戻した。


 そこにはロージレイザァのメインコンピューターに吸い上げられた、先ほどの戦闘映像――ティーズ機から見た、ラディウが被弾する少し前の映像が表示されている。


『さっきの戦闘映像見てるんだろ? こっちにも共有しろよ』


「<ディジニ>、トムのリクエストを承認。<イフリーティ>と映像を共有」

《Copy》


『レオンさん、少し前に回収されて戻ってきたって。今、ウィオラ先生のとこ』


 それを聞いて、ラディウがホッとしたように息をつく。


「良かった。ウィリーズの対応に手一杯で、最後まで追えなかったから心配してた」


 哨戒機のズールー1に搭乗していた、探索や索敵を専門とする”シーカー”と呼ばれるリープカインドが、途中で引き継いで探し出したのだとトムが伝えた。


 FAに乗れるリープカインドに能力差があるように、シーカーになるリープカインドにも能力差がある。たまたま宇宙で人探しができる優秀な者が、ズールー1での勤務に就いていたのだろう。


 もしアラン・ジーやリサ・オースナが撃墜される前に、誰かリープカインドがいれば、リサを救う事ができたかもしれないとラディウは思うが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。


 残っていたコーヒーを飲み切って頭を切り替える。腕を組んで目の前の映像に再び集中し始めると、トムが話しかけてきた。


『ラディウ。隠し事はなしだ。この敵、消えたAグループだろう?』


 ラディウの目が瞬いて、ウィンドウの中のトムに目線を合わせた。


「わかるの?」


『ラディウと、ボギー1の機動を見てたらなんとなく、答えが繋がった』


「隠し事はできないね」とラディウは苦笑する。


「そうよ。この敵は消えたAグループ。この機体はシルヴィア・ボルマン。ボギー1もAグループの誰かだと思うけど、名前が出てこない」


 トムと共有している画像に、ラディウは手元のタブレットを操作してチェックを入れる。


『じゃあ、俺たちは一緒に勉強していた、昔の仲間と戦っているということか?』


 トムはラディウの答えに自分の予想が事実であると知り、「なんてこった……」と呟いて、深いため息をついた。


「そういうこと。誰が出てくるかわからないけど、嫌な感じ……」


 ラディウは機内に持ち込んだ二つ目のコーヒーパックの封を切った。


「緊張状態の宙域で行う演習。それにあわせて現れた”ウィリーズ”。ひょっとすると上層部はここでの演習を餌にして、リープカインドはリープカインドに相手をさせようっていう魂胆なのかもね」


 トムは怪訝そうに首を傾げ、彼も自機に持ち込んだドリンクパックのストローを咥えて、ラディウの言葉の続きを待った。


「そうでないと対リープカインドを想定した演習に、月からあなたやイーガン少佐を引っ張り出して、無理して2小隊も集める? 訓練だけなら、アーストルダムにいる私とヴァロージャ、スコットさんの3人と、ティーズ大尉の編成でもいけるのよ」


『そこは俺も不自然だなって思ってた。レオンさん達だけじゃなく、虎の子のコッペリア使いを、それもスコットあにぃもヴァロージャも、まだ慣熟訓練中なのに現場に4人も集めてる。こんなこと、今まではなかった事だ』


 トムはロージレイザァ派遣前に、ツクヨミへ連携訓練に訪れたスコットと意気投合し、彼の事を親しみを込めて「兄貴」または「兄ぃ」と呼んでいる。


「夏にこのボギー2と戦ってるのは、ここにくる前に話をしたよね」


『あぁ』


 トムはアーストルダム組と合流した時、最初行われた訓練前のミーティングで、ラディウたちが交戦したデータや記録を見たのを思い出す。


「あの時と動きが違うの。確かに同じ機体で動きはシルヴィアなのだけど、段違いに速いの。二手、三手先を読まれているようで、アドバンテージが全然取れなかった……」


 ラディウは先頃の戦闘を思い出してため息をつく。相手がHESのリープカインドだとしても、他のメンバーよりは現場に慣れている自負があった。それだけに対応しきれず、ましてや被弾して機体にダメージを負った事が悔しい。


「ねぇトム、気になっている事があるの……気づいた? 『倒す』っていう意思ばかり強くて、動く気配が読みにくかったの」


『うん。わかる。すごくやりにくかった。なんなんだ? あれ』


「……大尉たちが言っていた、マスター型という機体に関係するのかな?」


 トムは暫く考えてから『わからない』と首を振った。


『情報が少なすぎる』


 スクラートから貰ったデータはまだ全部を読めていない。そのためコンテイジョン現象を応用したリンクシステムを使っていると仮定した場合、その指向性がどうなるのか、ラディウには見当がつかなかった。


 押し黙り考え込んでいると、トムが声をかけてきた。


『夏の映像さ、もう一度見たいんだけど……データの共有は可能?』


「ここのデータベースにも記録されてる。制限のない戦闘データだから問題ないよ。<ディジニ>、8月25日の交戦データのアドレスを<イフリーティ>に教えてあげて」


『Copy』


《データファイル取得完了》


 ディジニとは別の淑やかな声音のAIが、報告を入れてきた。


『Thanks』


 ウィンドウの中でトムの頭が左右に動き、映像を再生させたらしく、彼の目線がスクリーンに向いた。


 暫くの沈黙の後、トムが『本当にこれがシルヴィア?』とラディウに尋ねた。


『彼女もっと丁寧だったよな? こんな荒い飛び方、別人じゃないのか?』


 その問いかけに、ラディウは深くて重たいため息をいた。月で再会したシルヴィアは、ある意味では”ベレッタ”という別人だったが、目の前にいた少女は確かにシルヴィアだった。


 ラディウはトムの問いかけに答えずコーヒーを一口飲むと、再びスクリーンが映す映像に目を向ける。


 そんな彼女の様子にトムは肩をすくめると、「確かにターンするときに、微かに反対側に振るシルヴィアの癖が出てるな」と呟いた。


 



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