第24話 彼らと遭遇 1

 複数のFAの航跡が、絡み合うように宇宙空間を駆け抜ける。


 ――まさかこんなに早く、彼らに遭遇するとは思わなかった。


 ラディウは猛烈な敵意を向けて追ってくる敵FA 、”ズラトロク”の攻撃を躱しながら、心の中で愚痴をこぼす。


 先日のミーティングで通達があったように、演習の合間に新しいシフトが組まれ、彼らも哨戒任務に就くようになった。その矢先でこの戦闘だ。


 次の瞬間、爆発の花が開いた!


『中尉っ!! ”レーベレオン”がやられた! ”レーベ”がやられた!』


 ヴァロージャの叫び声がレシーバーから響く。彼の分隊長エレメントリーダー 、レオン・”レーベ”・ガリー二中尉の機体が撃墜された。


『全コッペリア使い! ”レーベ”を見失うな! CDC戦闘指導センター、”カリムティーズ”。哨戒機に搭乗するシーカーの支援を要請』


『要請を承認、CDC 』


 雑音が混じる中、ティーズの指示が聞こえる。


 ラディウは視界の隅に映像を捉え、必死に回避機動を取りながらも、背中につぅっと冷や汗が流れる。


 ――ヴァロージャが単機になってしまった。


 それよりも、脱出ポッドのシグナルを捕まえなければならない。レオンをリサ・オースナ中尉のように見失うわけにはいかない。


「ディジニ! ”レーベ”の脱出――」


 ラディウが指示を出す前に、<ディジニ>から『ポッドシグナル捕捉』と、情報が返される。


「<ディジニ> ポッドのシグナルをロック! ”レーベ”を追って!」


 今のラディウには以前漂流したユボー大尉の時のように、戦闘の片手間に追跡し続けるほどの余裕がない。


 何しろ今、ティーズ小隊の3機は、2機のズラトロクに完全に翻弄されていた。そのうちの一機が執拗なまでにラディウを追いかけてくる。


 飛び方のクセ、なんとなく伝わる感じ。ラディウは相手の予測がついていた。

 恐らくあの時のボギー4、アスワンで会ったシルヴィア・ボルマン――”ベレッタ”だ。


 レオン機が墜とされパートナーを失ったヴァロージャは、現在単独でボギー1と戦っている。ラディウは1機になった彼のカバーに入りたいが、彼女も”ベレッタ”のボギー2に追いかけられて手一杯だ。


 ヴァロージャはまだ今の機体、ファーブニル・アイオーンに乗り換えて日が浅い。いくら腕が良いと言えどあの相手は格上だ。一人で対応するのは危険すぎる。すぐにでも彼のフォローに行きたいが、ラディウ自身も際どい攻撃を必死に躱している最中で身動きが取れない。今はただ、祈るような気持ちで増援を待っている。


 ――増援はあと……

《シエラ1、到着まであと40秒》

「トム、速く来て……」


 普段なら気にならない数十秒が、今は数分にも数十分にも感じる。


『”エルアーラディウ”! ”ラルスヴァロージャ”と連携しろ! 私は二人のフォローに回る』


「”エルアー” 了解」


 雑音まじりのティーズの指示を受けて、ラディウはわざとタイミングをずらすようにフェイントをかけてから、ブレイク・ターンを仕掛ける。


「”ラルス”! カバーする!」


 そのまま機体を翻してヴァロージャに張り付いているボギー1を射程に捉えると、短距離型のEEC誘導弾を打ち込む。


 ボギー1は機体をロールさせながらチャフを撒き散らしてそれを躱し、次にボギー2の”ベレッタ”と連携を取ろうとするが、”ベレッタ”は仲間の意思を無視して、ラディウに食い下がってきた。


 夏の時もそうだが、どういう訳か彼女らは連携をしない。いや、会敵するまではフォーメーションを組んで飛んでくるのはレーダー等で確認している。


 戦闘に入った時――航宙戦闘機の基本戦術はではあり得ない事だが、特に”ベレッタ”はラディウがいると認識した途端にフォーメーションを崩して追ってくる。


 そもそも2機で4機の中に飛び込んでくるのは、セオリーを無視した戦い方だ。ラディウ達も数で負けるようなら一旦は引けと教わっている。


 常識外れの戦い方を仕掛けてくる彼らは、単機でも戦い抜けると、己の技術や能力に余程の自信と勝算があるのか、それとも目の前に敵がいると、作戦も戦術も全部翔んで、衝動だけで戦っているのだろうか。ラディウには判断がつきかねた。

 

 その”ベレッタ”はラディウしか見えていないかのように、執拗なまでに追跡してくる。まるで狂気に取り憑かれたような彼女の攻撃を、ラディウはギリギリで躱し続けた。


 弾道が機体を掠めるたびに、チリッチリッと皮膚表面がピリピリする。


「ポジションが……とれない」


 ”ベレッタ”の動きが、夏に初めて対峙した時より、明らかに速くなっていた。


 こちらの一手どころか、さらにその先を読まれているような動きをして、ラディウは思うように動けない。そのためティーズに指示された、ボギー1に追われるヴァロージャのカバーにまわりきれない。


 気持ちだけが焦る。


《シエラ1、現着まであと20秒》


『くっそ! 剥がれない!』


 ボギー1に追われるヴァロージャの、焦りを抑えきれない声が聞こえる。


「ヴァロージャを守らないと!」


 ラディウは強引な機動でボギー2を振り切りにかかる。ジンキングしながら相手の標準を外し、ブレイクするチャンスを狙う。


《シエラ1、現着まで15秒》


『”エルアー” 後ろだ!』


 耳を打つティーズの怒声と同時に、弾道のイメージが走った。ラディウが回避のために機体をロールさせた次の瞬間だった。


 衝撃が走る。


「やられた!」


 エラーと機体状況報告が流れ込んでくる。


《左翼メインスラスター被弾。火災発生。消火開始――完了。回路閉鎖。推力バランス再調整――再調整完了》


「パワー! あがれぇぇぇー!」


 ラディウが叫ぶが、すぐに速度が上がらない。


 ――まだ、今はまだ、死にたくない


 心臓が早鐘を打つ。


 ――私には、がある。


『”エルアー”! 下がれ!』


 その時トムの声と同時に、左斜め下からラディウと”ベレッタ”の間を引き裂くように、牽制のビームが飛んで来た。


 一瞬遅れてトムのファーブニルとイーガンのメテルキシィが駆け抜ける。


『ボギー1を引き受けた! ”カリム”はボギー2を!』


『”シエラ2ティーズ小隊”、CDC。被弾した”エルアー”を下げろ。間も無く”ジュリエット12中隊アグーダ小隊”が到着する』


『”シエラ201・カリマ”了解。”エルアー” 聞こえているな? 撤退しろ』


 ”ウィリーズ”とやりあうには、被弾して推力が落ちているこの機体では無理だ。CDCの命令は正しい。


 ラディウは後ろ髪を惹かれる思いで、戦線離脱を受け入れた。

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